、つね日ごろ身にたきこめていたらしいんだが、そいつが伊豆守様のお話で、そら、あそこの濠《ほり》の向こうに見えるお寺があるだろう、あの仁念寺というお寺に養われていると聞いたものだから、そこの住持が碁気違いだというのをさいわい、江戸上りの碁打ちに化け込んで様子を確かめに行ってみるてえと、仁念寺というお寺そのものが、だいいち臭いんだ。おびただしい新土が裏口に山のごとく盛り上がっているから、よく見ると、つまりその土の正体は、さきほどおれが地中の下からはい出てきたあの抜け穴の入り口なんだよ。さっきの東亭《あずまや》というのが、そもそも上さまを迎えるためにこしらえたということがきゃつらにわかっていたものだから、二カ月かかってあの穴をお寺から濠《ほり》の下をくぐって掘りぬき、しかるうえでさきほどの珍事のように、いちじにおふたかたのお命をちぢめようって魂胆だったのさ。そのからくりがまずだいたいわかったところへ、案の定、唖がさるを飼ってはいる、あまつさえぷんと例の香のにおいがしたものだから、もうあとはぞうさがないさ。いかな一刀流の達人でも、おれの草香流やわらの逆腕にかかっちゃ、赤子の手をねじるのと同然だからな。まずやっこめをひっくくっておいて、きさまも久喜の宿でとくと見届けたはずだが、あの椎の実のやりとり一件をはからず思い出したから、唖に白状させる手数よりか、あの手品を先にあばいたほうが早手まわしと思って、飯籠《はんご》をかっさばいてみるてえと、あるわあるわ、椎の実を割ってみると中に仕込んで無数の江戸から届いた手紙があったものだから、それによってあいつらの頭目が年寄りの腰の曲がったさるまわしに化けているのをかぎだし、ちょっとばかりしばいをうって、羽生街道口のところに陣取っていたんだよ。そのとききさまの天蓋姿を見つけて、いっペんは逃げたが、とうとうほしどおりおれのしばいが当たって、江戸から飛んできた新しいさるまわしのやつをまんまとわなにひっかけて、椎の実の中の手品から今夜上さまのお忍びで江戸からご入城のこともわかり、あいつらの計画もいっさいがっさいねた[#「ねた」に傍点]があがっちまったから、それからの大車輪っちゃなかったよ。あとの五人をてっとり早くおびき出して、ひと網にくくしあげるBそのあとで伊豆様とお打ち合わせをする、それからお城下をとびまわって、江戸を出がけのときにお奉行様からいただいた百両で役者をふたり見つけ出し、うまうまとおんふたかたに化けさせて、ようやっと豊家《ほうけ》の残党をあのとおり根だやしにしおわせたというわけさ。思えば、でけえ大しばいさな」
 しかし、右門が語り終わったとき、しきりと伝六がまだ何かふにおちないように首をひねっていましたが、ふいっと尋ねました。
「でも、不思議じゃごわせんか。七人組のほかにもうひとり、伊豆様のおん密事をかぎ知ったやつがあると、たしかにさっきだんながおっしゃいましたが、そいつあいったいどこのだれですい」
 いわれて、ぎくりとなったように、右門は珍しくうろたえながら、ややその顔を赤らめていましたが、やがてぽつりと念を押しました。
「きさま、一生一度の内密に必ず他言しないことを先に誓うか」
「ちえッ、うたぐり深いだんなだな。あっしだって、おしゃべり屋ばかりが一枚看板じゃござんせんよ。意気と意気が合ったとなりゃ、これでなかなかがっちりとした野郎なんだから、ええ、ようがす、いかにも八幡《はちまん》やわた[#「やわた」に傍点]にかけて、誓言しようじゃごわせんか」
「さようか。では、こっそりとその者を見せてやろう」
 いいながら、ちょうどそのとき帰りついた宿の中へ、静かにはいっていったようでしたが、そこのほの暗い朱あんどんのそばで、いじらしくも可憐《かれん》にうつ伏しながら、よよとばかり泣きくずれていたあの小女のお弓の姿をみとめると、右門は黙ってそのほうを目顔でさし示しました。
「えっ!?[#「!?」は横一列] あの、このお弓さんが、そのちっこく美しいお弓さんが、将軍のお社参までもかぎつけて、そもそもこんなだいそれた陰謀をたくらました張本人なんでがすかい!?[#「!?」は横一列]」
「さようじゃ。お腰元としてお城中へ上がりこみ、怜悧《れいり》にもご城内の様子までかぎ出したのだろうわい。おれときさまの江戸から下ることまでをもかぎ出してな。それから伊豆様にわざと願って、おれたちの小間使いになられたものとみえるよ」
「ちくしょう? じゃ、豊臣《とよとみ》がたの犬も同然じゃごわせんか。おっかねえべっぴんに、またおまんまのお給仕までもしてもらったもんだね。ようがす、あっしがだんなの代わりに、料ってやりましょう」
 飛びかかろうとした伝六のきき腕をむんずと捕えて、どうしたことか、右門が突然ぽろりと栃《とち》のような涙を落と
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