なあ。ね! どうしたんです。いったいこりゃ、どうしたんです!」
 まことにそれは忽焉《こつえん》として先の日消えてなくなったむっつり右門で、右門は伝六のうれし泣きに泣いている姿を静かに見おろすと、涼しそうにいいました。
「さ、伝六、あの穴の中からくくされて出てくるやつを、ご城中のかたがたに引き渡してやりな」
「え? 地の下にはまだ人間がいるんですかい」
「例のさるまわしたちさ。七人ばかりを一網にして、今くくしておいたからな、みなさまがたに引き渡してやりな」
 いう下から、前髪立ちの美少年姿をしたさるまわしを先頭に、高手小手の七人が、ぞろぞろと穴の中から送り出されて、しかもそのうしろからは、先ほどの将軍家と伊豆守に見えた両名が、そのなわじりをとって現われ出ましたものでしたから、伝六もおどろきましたが、家中の者はいっせいにあっと声を放ちました。それを冷ややかに見ながめながら、右門はいっそう涼しい声で家臣の者たちにいいました。
「とんだお人騒がせをつかまつり、恐縮いたしました。ごほんものの将軍家と伊豆様は、今ごろご城中でご安泰におくつろぎでござりましょうから、ご安心くださりませい。これなる七人の者の素姓も、つじ切りの下手人も万事伊豆守様がもうご承知でござりますから、ゆるゆるとお聞きになりましてな、それからなわじりをとっているそこの両名は、ご城下で興行中の江戸の旅役者どもでござりますから、こよいの命を的にした大役をじゅうぶんおねぎらいなされて、ごちそうなとなされましたらよろしゅうござりましょう――では、伝六、宿へかえってまた虚無僧になるかな」
 いうと、べつに功を誇る顔もせず、さっさと引き揚げました。けれども、今度ばかりはさすがの右門も事件の重大さにいくぶん興奮していたか、いつになくむっつり屋のお株を忘れて、珍しいほどのおしゃべりになりながら、伝六のきかない先に自分からねた[#「ねた」に傍点]を割りました。
「きさまも驚いたろうが、おれもちっとばかり今度という今度は知恵を絞ったよ。なにしろ、恐れ多い話だが、上さまと伊豆さまを一時になきものにしようとしていたんだからな」
「大きにそうでがしょう。あっしもおおよその見当がつきやしたが、察するにあの七人のやつは、豊臣《とよとみ》の残党じゃごわせんかい」
「さすがにきさまだけのことがあるな。残党じゃねえが、いずれも豊家恩顧の血を引いたやつばらさ。あくまでも徳川にふくしゅうしようっていう魂胆で、まずそれには、というところから伊豆さまのご藩中へ先に巣を造り、巧みに所所ほうぼうへあのとおりのさるまわしとなって駆けまわり、将軍家の日光ご社参の機会を探っていたというわけさ。ところが、伊豆様はさすがに知恵者、早くもにおいでかぎ知ったとみえて、今度の日光ご社参ばかりはこのおれにさえ隠すほど絶対にご内密を守り、ああやってこっそりとお先にご帰藩もして、それから今夜のようにごく密々で上さまを城中へお迎えするつもりだったんだが、じょうずの手から水が漏れるというやつで、あべこべにそのおん密事をかぎ取ったやつがあの七人組のほかにもうひとりあったものだから、それと知ってさるまわしたちが久喜の宿でも会ったように、たちまち八方へ飛び、まずつじ切り事件が最初に起きたというわけさ」
「なるほどね。じゃ、そろいもそろって腕っききばかりの右腕を切り取ったっていうのも、ねたを割りゃ、いざ事露見というときの用心に、まえもって力をそいでおくつもりなんですね」
「そのとおり、そのとおり。なにしろ、てめえたちの仲間はたった七人しきゃねえんだからな。目抜きのつかい手の肝心な腕切ってかたわにしておきゃ、雑兵《ぞうひょう》ばらの二、三百は物の数じゃねえんだから、さすが真田幸村《さなだゆきむら》の息がかかった連中だけあって、しゃれたまねしたものだが、ところがそれが大笑いさ。なま兵法《びょうほう》はなま兵法だけのことしかできねえとみえて、きさまもかいだあの香の移り香を残しておいたことが、そもそもねたの割れた真のもとだよ」
「ちょっと待ってくだせえよ。だって、だんなはまだ、その香の持ち主をひっくくったとも、捕えたとも聞きませんが、あの七人組の中にそやつもござんしたかい」
「いたとも、いたとも。まっさきに穴の中から出てきたあの前髪のまだ若いやつがその香の持ち主で、つじ切りの下手人なんだよ。おくびょう者と見せかけて、その実は一刀流の達人、しかもかわいそうに、生まれつきの唖《おし》さ」
「えっ、唖!?[#「!?」は横一列] 唖がまたなんだってかたわのくせに、あんな上等の香なんぞからだにたきこめていたんですかい」
「それがあのとおりの美少年だけあって、うれしいといえばうれしい話だが、つまり武士のたしなみなんだよ。いつ不覚な最期を遂げないともわからないっていうんで
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