なとわかりましたから、しずかに天蓋をはねあげると、相手は深々と御用龕燈をつきつけて、しげしげ右門の顔をのぞき込んでいましたが、がらりそのことばが変わりました。
「どうやら、ご人相が伊豆守様おことばに生き写しでござりまするが、もしやご貴殿は江戸からおこしの近藤右門どのではござらぬか」
「いかにも、さようにござる」
「やっばり、ご貴殿でござったか! 実は、殿さまがかようにお申されましてな。右門のことゆえ、察するに姿を変えて、わざわざ羽生回りをしてくるにちがいあるまいから、それとのう出迎えいたせと、かようにお申されましたのでな。かくは失礼も顧みず、人体改めをしたのでござる」
明知はよく明知を知るというべきで、さすが伊豆守は知恵伊豆といわれるだけがものはあり、よくも右門の変装と回り道をにらんだものですが、しかし右門はそのことよりも、今つけてきた怪しのさるまわしが気になったものでしたから、急いでやみの向こうを見透かすと、あっ! おもわず声をあげてせき込みながら、ご番士たちに尋ねました。
「いましがた、たしかにここをさるまわしが通りすぎたはずでござるが、お気づきではござりませなんだか!」
「えっ!?[#「!?」は横一列]」
おどろいたようにぎょっとなって、番士たちがいっせいに左右を見まわしたときでした。
「ちッ、いてえい! おう、いてえい!」
つい七、八間向こうのやみの中で突然悲鳴をあげた者がありましたので、すかさずに駆けつけていってみると、意外にも悲鳴の主は伝六で、いつそこへやっていって、いつのまにそんなことをされたものか、両手の甲をばらがきにされながら、くやしそうにつっ立っていましたものでしたから、右門はすぐにそれと気づいてたたみかけました。
「逃がしちまったか!」
「え、このとおり。あいつ、ちっとばかしくせえやつだなと思いましたんでね。なにかは知らぬがしょっぴいていってやろうと思って、せっかくえり首をつかまえたんですが、さるのやつめが手の甲をひっかきむしったそのすきに、逃げうせちまったんでげすよ」
「なるほど、血がにじんでいるな。しかし、それにしても、あいつをしょっぴいていこうと気がついたなあ、さすがおめえも江戸の岡《おか》っ引《ぴ》きだな。そのおてがらに免じて、逃げたものならほっとくさ。いずれ二、三日うちに、またあいつにもお目にかかるような筋になるだろうからな。――いや、これはこれは、どうもとんだお手間をとらせました。さぞかし伊豆守様お待ちかねにござりましょうから、ではご案内くださりませい」
何が何やら解しかねるといったおももちで、ぽかんとそこに番士たちが待ちあぐんでいましたものでしたから、右門は改まって声をかけると、城中への案内を促しました。
2
石高はわずか三万石の小藩ではありましたが、さすがは天下の執権松平伊豆守の居城だけあって、とわに栄える松の緑は夜目にもそれと青み、水は満々と外濠《そとぼり》内濠の兵備の深さを示して、下馬門、二の門、内の門と見付け見付けの張り番もきびしく、内外ともに水ももらさぬ厳重な警備でした。むろん、伊豆守はことごとくお待ちかねでしたので、右門参着と聞くやただちにご寝所へ通して、刻下に人払いを命ずると、すわるもおそしと声をかけました。
「遠路のところわざわざ呼びだていたして、きのどくじゃった。そちのことであるゆえ、重大事とにらんで参ったことであろうが、実は少しばかり奇っ怪なできごとが突発いたしよってな」
思いに余ったもののごとく、すぐと事件の内容に触れてこられましたものでしたから、右門も相手が大徳川の顕職にあることも忘れて、ひざをすすめながらざっくばらんに尋ねました。
「なにかは存じませぬが、その奇っ怪事とやらは、殿さまご帰国ののちに起こったのでござりまするか、それとも以前からあったのでござりまするか」
「それがわしの帰国と同時に起こりよったのでな、不審にたえかね、そうそうにそのほうを呼び招いたのじゃわ」
「といたしますると、何かご帰国に関係があるようにも思われまするが、いったいどのような事件にござります?」
「一口に申さば、つじ切りなのじゃ」
「つじ切り……? つじ切りと申しますると、いくらでも世の中にためしのあることでござりますゆえ、別段事変わっているようには思われませぬが、なんぞ奇怪な節でもがござりまするか」
「大ありなのじゃ。難に会うた者は、奇怪なことに、いずれも予が家中での腕っききばかりでの、最初の晩にやられた者は西口流やわらの達人、次の晩は小太刀《こだち》の指南役、三日めは家中きってのつかい手が、一夜に三人までもやられたのじゃ。しかも、それらが、――」
「一|太刀《たち》でぱっさりと袈裟掛《けさが》けにでもされたのでござりまするか」
「いや、ぱっさりはぱっさりなんじ
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