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 しかし、朝になると、右門はまだ朝飯さえもとらないうちから、反対におそろしく疾風迅雷的《しっぷうじんらいてき》な命令を伝六に与えました。
「きさまこれからお城下じゅうの宿屋という宿屋を一軒のこらず当たって、例のきのうつけてきたあのさるまわしな、あいつの泊まったところを突きとめてこい!」
「なるほどね、やっぱりそうでしたか。ありゃあれっきりのお茶番と思ってましたが、じゃいくらかあいつにほしのにおいがするんですね」
「においどころか、ばりばり障子をひっかいた音っていうのは、そのさるなんだよ。とんだ古手の忍術つかいもあったものだが、しかし、さるをつかってまず注意をそのほうへ集めておいてから、ぱっさりと腕首を盗むなんていうのは、ちょっとおつな忍術つかいだよ。石川|五右衛門《ごえもん》だって知るめえからな」
「石川五右衛門はようござんしたね。そうと決まりゃ、もうしめこのうさぎだ。じゃ、ひとっ走り行ってきますからね。だんなはそのるす中に、あの、なんとかいいましたね、そうそう、お弓さんか、まだけさは姿を見せませんが、おっつけご入来になりましょうからね。江戸へのみやげ話に、ちょっぴりとねんごろになっておきなせえ。ゆうべの赤い顔は、まんざらな様子でもなかったようでがしたからね」
 つまらんさしずをしながらかいがいしく伝六が命を奉じて駆けだしたので、右門はそのあとに寝そべりながら、例のごとくあごの無精ひげをでもつまみそうに思われましたが、どうして、かれもまた今は文字どおり疾風迅雷でした。すぐに裏口伝いを濠《ほり》に沿って城中へ参向すると、ようやくお目ざめになったばかりの伊豆守に向かって、猪突《ちょとつ》に不思議なことを申し入れました。
「つかぬことをお願いいたしまするが、ただいますぐと、ご城中にお使いのお腰元たちのこらず、わたくしにかがしてくださりませぬか」
「なに、かぐ?――不思議なことを申すが、腰元たちのどこをかぐのじゃ」
「膚でござります」
「そちには珍しいいきな所望をまた申し出たものじゃな。よいよい。なんぞ捜査の手づるにでもいたすことじゃろうから、安心してかがしてつかわそうわい。こりゃこりゃ、誰《た》そあるか」
 すぐと右門の目的がよめたものか、お手を鳴らしたので、つるの一声はひびきの物に応ずるごとく、たちまち後宮の千姫《せんき》に伝わって、間をおかず色とり
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