ているところでした。しかし、右門はそれらの面々なぞには目もくれないで、ずいと座敷の中へ上がってまいりました。
「どなたでござる!」
 型のごとく身内の者らしい若侍が血相変えてさえぎったのを、右門は用意のあのお手札を示して身のあかしをたてておくと、むっつりとして災難に会った主人のうち倒れている奥座敷へやって参りました。見ると、なるほどうわさにたがわず、あるじは右腕をすっぽりと切ってとられて、あけに染まりながらそこにうめきつづけていたものでしたから、右門は黙って近よると、まずその切り口をとっくりと改めました。よほどのわざ師が、よほどのわざ物で、ただ一刀にすぽりとやったとみえて、いかにも切れ味がみごとです。しかも、主人のまくら刀はそこに置かれたままで、一太刀《ひとたち》も抜き合わしたらしいけはいがなかったものでしたから、右門は聞くのが少しきのどくでしたが、正直に思ったとおりを尋ねました。
「貴殿とて一流のつかい手でござりましょうが、抜き合わす暇のなかったところを見ると、よほど不意を打たれたとみえまするな」
「面目しだいもござらぬ。つじ切りはしても、まさかにこのように夜中寝所まで押し入ろうとは思いもよらなかったゆえ、つい心を許して寝入っていたところを、不意にやられたのでござる」
「しかし、なんぞそのまえほかに気を奪われたようなことはござりませなんだか」
「さよう、たしかにお尋ねのようなことがあったゆえ、ちと不思議でござる。なんでも、何かばりばりとひっかくような音がありましたのでな――」
「なにッ。ばりばりとかく音がござりましたとな! すりゃ、まことでござるか!」
「まこととも、まこととも、真もってまことでござる。その廊下のあたりで、何かこうばりばりとかきむしるような音が耳にはいったのでな、不審と思って、そのほうへつい気をとられた拍子に、あれなるうしろのふすまを不意に押しあけて、覆面の武者わらじをはいたやつが、いきなりおどり入りさま、物をもいわずに、このとおり腕を切りとったのでござるわ」
「ふうむ、さようでござるか。そうするとそろそろほしが当たりかけてきたな」
 ばりばりという音がしたといったその一語によって、すでになにものかの推定がついたもののごとく、腹の底から絞り出したようなうめき声を発して、じっと廊下先の障子を一本一本|巨細《こさい》に見まわしていましたが、と――果然、
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