かい手ばかりがお屋敷を賜わっていますゆえ、例のつじ切りめ腕ききばかりの藩士をねらう由承りましたから、かく宵《よい》のうちから一団となって、このかいわいを警固中にござります」
「それはご殊勝なこと、ずいぶんとごゆだんめさるなよ。では、ごめん――」
 いうと、右門はことさらまた雪駄の音を例のように高めながら、ちゃらちゃらと向こう町のやみの中へ消え去ってしまいました。だが、まことに不思議です。二、三十間やっていくと、今まで高かった雪駄の音を突然ころして、ぴたりとそこの築地《ついじ》べいに平ぐものごとく身をよせてしまいましたので、伝六はいぶかって、首をちぢめながらささやきました。
「ね、――あいつが出たんですかい?」
 しかし、右門はひとことも答えないで、じっと同じかっこうをつづけていたようでしたが、それから五分とたたないまもなくでした。不意に、やみの向こうの屋敷の中から、けたたましくわめき叫ぶ声が聞こえました。
「おのおのがた、お出会いそうらえ! 例のくせ者が押し入ってござるぞ! お早くお出会いそうらえ!」
 それを聞くと、右門ははじめてわが意をえたりというように、ぱんぱんと手についた土ほこりをはたきながら、涼しい声でいいました。
「やっぱり、おれのにらんだとおり、下手人は気のきいた知恵者だよ。警固の者をまんまとやりすごしておいて、そのあとからすぐに裏をかいて押し入るなんてところは、なかなかあっぱれ者だよ」
「なるほどね。どうりで、だんながまたさっきからばかにちゃらちゃらと雪駄《せった》の音をさせると思ってましたが、じゃだんなが、またそやつの裏の裏をかこうとしたんですね」
「そうさ。ああやって、わざと雪駄をちゃらつかせて、いま通ったぞと知らして歩いたら、気のきいた下手人だったら、きっとそのすきに何かしでかすと思ったからな、ちょっとばかり誘いのすきをこしらえてやったのさ。災難に会ったご藩士にはおきのどくだが、おれはまだ一度も手口の現場を見ていないんだからな――どうやら警固の面々も駆けつけたようだから、ではひとつ検分に行くかな」
 騒がずにゆうゆうとして、いま声のあった屋敷のほうへ参りましたものでしたから、伝六もすっかり江戸っ子かぜを肩に切りながらあとに従ってまいりますると、案の定、屋敷うちは上を下への混雑で、右往左往とやみの中を、先ほどの警固の者が、下手人いずこと捜しまわっ
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