役者むっつり右門がうなぎのぼりに名声を博し、この年の暮れにはその似顔絵が羽子板になって売られようというほどな評判をかちえてまいりましたものでしたから、同じお上の禄《ろく》をはむ仲間どうしにそんな不了見者はあってはならないはずでしたが、やはり人の心は一重裏をのぞくと、まことに外面如菩薩内心如夜叉《げめんにょぼさつないしんにょやしゃ》であるとみえまして、しだいに高まってきた右門のその名声に羨望《せんぼう》をいだき、羨望がやがてねたみと変わり、ねたみがさらに競争心と変わって、ついには右門を目の上の敵と心よく思わない相手がひとり突如としてここに現われてまいりました。通称あばたの敬四郎といわれている同じ八丁堀の同心で、いうまでもなくその顔の面にふた目とは見られぬあばた芋があったからのあだ名ですが、しかし一面からいうと、あばたの敬四郎が、その顔の醜いごとく右門に対して心に醜い敵対心をいだきだしたことは、まんざら無理からぬことでした。もともとがむっつり右門などの駆けだし同心とは事かわって、敬四郎は年ももうおおかた四十に手が届こうという年配であり、その経験年功からいってはるかに右門なぞには大先輩の同心
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