右門捕物帖 生首の進物
佐々木味津三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)戦慄《せんりつ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)大|捕物《とりもの》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)でか物[#「でか物」に傍点]の事件が起きたな

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 ――むっつり右門第二番てがらです。
 前回の南蛮幽霊騒動において、事のあらましをお話ししましたとおり、天下無類の黙り虫の変わり者にかかわらず、おどろくべき才腕を現わして、一世を驚倒させたあの戦慄《せんりつ》すべき切支丹《きりしたん》宗徒の大陰謀を、またたくうちにあばきあげ、真に疾風迅雷《しっぷうじんらい》の早さをもって一味徒党を一網打尽にめしとり、八丁堀お組屋敷の同僚たちを胸のすくほど唖然《あぜん》たらしめて、われわれ右門ひいきの者のために万丈の気を吐いてくれたことはすでに前節で物語ったとおりでありますが、しかし人盛んなれば必ずねたみあり――。世のこと人のことは、とかく円満にばかりはいかないものとみえます。あの大|捕物《とりもの》とともにわれわれのひいき役者むっつり右門がうなぎのぼりに名声を博し、この年の暮れにはその似顔絵が羽子板になって売られようというほどな評判をかちえてまいりましたものでしたから、同じお上の禄《ろく》をはむ仲間どうしにそんな不了見者はあってはならないはずでしたが、やはり人の心は一重裏をのぞくと、まことに外面如菩薩内心如夜叉《げめんにょぼさつないしんにょやしゃ》であるとみえまして、しだいに高まってきた右門のその名声に羨望《せんぼう》をいだき、羨望がやがてねたみと変わり、ねたみがさらに競争心と変わって、ついには右門を目の上の敵と心よく思わない相手がひとり突如としてここに現われてまいりました。通称あばたの敬四郎といわれている同じ八丁堀の同心で、いうまでもなくその顔の面にふた目とは見られぬあばた芋があったからのあだ名ですが、しかし一面からいうと、あばたの敬四郎が、その顔の醜いごとく右門に対して心に醜い敵対心をいだきだしたことは、まんざら無理からぬことでした。もともとがむっつり右門などの駆けだし同心とは事かわって、敬四郎は年ももうおおかた四十に手が届こうという年配であり、その経験年功からいってはるかに右門なぞには大先輩の同心
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