のみならず、供先は息づえをあげると同時に、心得たもののごとく、ひたひたと先を急ぎだしました。柳原なら大川べりを左へ曲がるのが順序ですが、まっすぐにそれを通り越して、どうやら行く先は浅草目がけているらしく思われましたものでしたから、少し寸法の違うどころか、伝六はとうとうめんくらって、うしろの駕籠から悲鳴をあげました。
「まさかに、柳原と観音さまとおまちがいなすっていらっしゃるんじゃありますまいね」
けれども、右門はおちつきはらったものでした。駕寵をおりるや否や、さっさと御堂裏《みどううら》のほうへ歩きだしたのです。いうまでもなく、その御堂裏は浅草の中心で、軒を並べているものはことごとく見せ物小屋ばかり――福助小僧の見せ物があるかと思うと、玉ころがしにそら吹けやれ吹けの吹き矢があって、秩父《ちちぶ》の大蛇《だいじゃ》に八幡《やはた》手品師、軽わざ乗りの看板があるかと思えば、その隣にはさるしばいの小屋が軒をつらねているといったぐあいでした。
それらの中を、むっつり右門は依然むっつりと押し黙って、かき分けるようにやって行きましたが、と、立ち止まった見せ物小屋は、なんともかとも意外の意外、南蛮渡来の女玉乗り――と書かれた絵看板の前だったのです。のみならず、かれはその前へたたずむと、しきりに客引きの口上に耳を傾けました。
――客引きはわめくように口上を述べました。
「さあさ出ました出ました。珍しい玉乗り。ただの玉乗りとはわけが違う。七段返しに宙乗り踊り、太夫《たゆう》は美人で年が若うて、いずれも南蛮渡来の珍しい玉乗り。さあさ、いらっしゃい、いらっしゃい。お代はただの二文――」
言い終わったとき、右門はつかつかと口上屋のかたわらに近づいて、無遠慮に尋ねました。
「座頭《ざがしら》太夫はもと船頭で、唐《から》の国へ漂流いたし、その節この玉乗りを習い覚えて帰ったとかいううわさじゃが、まさかにうそではあるまいな」
「そこです、そこです。そういうだんながたがいらっしゃらないと、あっしたちもせっかくの口上に張り合いがないというものですよ。評判にうそ偽りのないのがこの座の身上。それが証拠に、太夫が唐人語を使って踊りを踊りますから、だまされたと思って、二文すててごらんなさいよ」
得意になって口上言いが能書きを並べだしたものでしたから、それにつられて、あたりの者がどやどやと六、七人木戸
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