がりましたぜ」
 息せき切りながら伝六があとから追っかけてきたので、右門はちょっといろめきたちながら耳をかしました。
「ね、柳原の土手先に、四、五日まえからおかしな人さらいが出るそうですぜ」
「人さらい? だれから聞いた」
「組屋敷のだんながたがたったいま奉行所から帰ってきてのうわさ話をちらり耳に入れたんですがね。いましがた訴えた者があったんだそうで、なんでもそれが夜の九つ時分に決まって出るんだそうだがね。おかしいことは、申し合わせたようにお侍ばかりをさらうっていうんですよ」
「じゃ、徒党でも組んだ連中なんだな」
「ところが、その人さらい相手はたったひとりだというから、ふにおちないじゃごわせんか。そのうえに、正真正銘足がなくて、ちっとも姿を見せないっていうんだから、場所がらが場所がらだけに、幽霊だろうなんていってますぜ。でなきゃ、こもをかかえたお嬢さん――」
「なんだ、そのこもをかかえたお嬢さんてやつは……」
「知れたことじゃありませんか。つじ君ですよ。夜鷹《よたか》ですよ」
「なるほどな」
 はだかのままでしばらく考えていましたが、突如! 真に突如、右門の眼はふたた烱々《けいけい》と輝きを帯びてまいりました。また、輝きだすのも道理です。いうがごとくに、たったひとりの力で侍ばかりをさらっていくとするなら、少なくもその下手人は人力以上の、まことに幽霊ではあるまいかと思えるほどのなにものか異常な力を持ち備えている者でなければならないはずだからです。とするなら――右門の心にふとわき上がったものは、あの同じ眠りの秘術、長助の場合にも、三百両紛失の場合にも、等しく符節を合わしているあの奇怪な眠りの術でありました。
「よし! いいことを知らしてくれた。ご苦労だが、きさまひとっ走り柳原までいって、もっと詳しいことをあげてきてくれ!」
 とぎれた手がかりにほのぼのとしてまた一道の光明がさしてきたので、右門は口早に伝六へ命じました。
 お湯もそうそうに上がって心をはずませながら待っていると、伝六は宙を飛んで駆けかえってまいりました。けれども、宙を飛んで帰りはしたが、そのことばつきには不平の色が満ちていたのです。
「ちえッ、だんなの気早にゃ少しあきれましたね。くたびれもうけでしたよ」
「うそか」
「いいえ、人さらいは出るでしょうがね、あの近所の者ではひとりも現場を見たものがないっていい
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