しの犯人をひっくくろうと、お組屋敷は上を下への混雑でありましたが、しかし右門は目をくれようともしませんでした。二つの事件に必ず連絡があるとにらみましたので、あるとすれば、犯罪のやり口からいって一筋なわではいかない犯人に相違あるまいとめぼしをつけたので、将を射んとする者ほまず馬を射よのたとえに従って、三百両事件を先にほじってみようと思いたちました。立てばいうまでもなくもうあだ名のむっつり右門です。
「急にきつねつきのような形相をなさって、どこへ行くんですか、だんな!」
おしゃべり屋の伝六があたふたとあとを追っかけながら、しつこく話しかけたのにことばもくれず、右門はさっきの町人がいった湯島の玉岸という小料理屋目がけて、さっさと歩みを運びました。
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行ってみると、なるほど家の構えはこぎたないが、この界隈《かいわい》の名物とみえて、店先はいっぱいのお客でありました。右門はべちゃくちゃとさえずっている岡っ引きの伝六をあとに従えて、ずいと中へはいっていきました。
古い物は付けにも目の高いものは、やり手ばばあに料理屋のあるじとうまいことをうがってありますが、玉岸のおやじも小料理屋ながらいっばしの亭主でありました。
「これはこれは、八丁堀のだんながたでいらっしゃいますか」
一瞬にして目がきいたものか、もみ手をしいしい板場から顔を出して、すぐと奥まった一室へ茶タバコ盆とともに案内したので、右門はただちに町人の三百両事件を切り出しました。むろん、事の当然な結果として小料理屋それ自体に三分の疑いがかかっていたので、伝六にはその間に屋作りをぬけめなく調べさせ、右門みずからは亭主の挙動にじゅうぶんの注意を放ちました。けれども、亭主は事件は知ってはいたが、その下手人についてはさらに心当たりがないというのです。町人が上がったころにどんなお客が二階へ上がっていたかも記憶がないというので、伝六の探索を延ばしたほうも同様に手がかりは皆無でした。わずかに残された探索として希望をつなぎうるものは、事件の前後に受け持ちとして出ていった小婢《こおんな》があるばかり――。
で、さっそくにその婢を呼んで、むっつり屋の右門がきわめていろけのないことばつきで、当時のもようをきき正しました。と――手がかりらしいものがわずかに一つあがったのです。それは一個の駒《こま》でありました。馬の駒ではな
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