の心の おしやべりだ

ああ 風が吹いてゐる 涼しい風だ
草や 木の葉や せせらぎが
こたへるやうに ざわめいてゐる

あたらしく すべては 生れた!
霧がこぼれて かわいて行くときに
小鳥が 蝶が 昼に高く舞ひあがる




 VII また昼に


僕はもう はるかな青空やながれさる浮雲のことを
うたはないだらう……
昼の 白い光のなかで
おまへは 僕のかたはらに立つてゐる

花でなく 小鳥でなく
かぎりない おまへの愛を
信じたなら それでよい
僕は おまへを 見つめるばかりだ

いつまでも さうして ほほゑんでゐるがいい
老いた旅人や 夜 はるかな昔を どうして
うたふことがあらう おまへのために

さへぎるものもない 光のなかで
おまへは 僕は 生きてゐる
ここがすべてだ! ……僕らのせまい身のまはりに




 VIII 午後に


さびしい足拍子を踏んで
山羊【やぎ】は しづかに 草を 食べてゐる
あの緑の食物は 私らのそれにまして
どんなにか 美しい食事だらう!

私の飢ゑは しかし あれに
たどりつくことは出来ない
私の心は もつとさびしく ふるへてゐる
私のおかした あやまちと いつはりのために

おだやかな獣の瞳に うつつた
空の色を 見るがいい!

〈私には 何が ある?
〈私には 何が ある?

ああ さびしい足拍子を踏んで
山羊は しづかに 草を 食べてゐる




 IX 樹木の影に


日々のなかでは
あはれに 目立たなかつた
あの言葉 いま それは
大きくなつた!

おまへの裡に
僕のなかに 育つたのだ
……外に光が充ち溢れてゐるが
それにもまして かがやいてゐる

いま 僕たちは憩【いこ】ふ
ふたりして持つ この深い耳に
意味ふかく 風はささやいて過ぎる

泉の上に ちひさい波らは
ふるへてやまない……僕たちの
手にとらへられた 光のために




 X 夢見たものは‥‥


夢見たものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる

告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

夢見たものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と



底本:「立原道造詩集」岩波文庫、岩波書店
   1997(平成9)年9月5日発行第14刷
親本:「立原道造全集第一巻」1971(昭和46)年6月発行
   「立原道造全集第二巻」1971(昭和46)年8月発行 角川書店
入力:山口美佐
1999年3月9日公開
2003年9月15日修正
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