生の書斎じゅうにせいいっぱいの魂を傾けつくしてうたい上げる草ひばりの唄を聞いた。私のもっとも潤沢のこの一刻に、私は、忘れていた春蝉のことを思い出し、この虫とあれと考え比べた。比べずともよい啼き声だったのである。草ひばりの声は、純粋な白金で造られた精巧な楽器を稚拙な幼童がもてあそんでいるような、ぎりぎりのイロニイであった。これをイロニイと聞いたのは私の歪みであったとおもうゆえ、私はそのことにひとつも触れず、そっと耳ばかりで彼の透明なうたい口を噛みしめていたのである。
次の朝、草ひばりは籠を逃れ去った。私はこの叛いた虫を叢に追う愚行を敢てした。私だけのみれんである。叢では、昨夜の冴えと張りを忘れた虫らが、しらべのみはおなじ唄を繰りかえしていた。私は索然とした嫌悪を覚えた。しかし手は徒らに草の葉の向うをさぐりつづけた。
夏のはじめと夏のおわりと――。
私はこの虫らのいのちに交感を持った記憶をきょう忘れつくすことをねがっている。
その二
私はひとつの花を誹謗しよう。
信濃路の村でその花を私は田中一三にたいへんたのしく教えた。淡いかなしい黄の花びらを五つ、山百合のように
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