名。」
「今度は、特徴《とくちょう》のある顔が割合多いようですね。」
「そうかしら。あたし、そんなにも思いませんけれど。」
「こうして名簿を見ていますと、覚えやすいのは、比較的年上の人のようですね。やはり、年を食っただけ特徴がはっきりして来るんでしょうか。」
「それだけ垢《あか》がたまっているのかも知れませんわ。ほほほ。……だけど、ほんとうね。あたしが覚えているのも、たいていは年上の人だわ。大河さんっていう方もそうだし……」
 すると、次郎は、急に名簿から眼をはなして、夫人の顔を見つめながら、
「その人、すぐ目につきましたか。」
「ええ、ええ、一目で覚えてしまいましたわ。名前からして、禅《ぜん》の坊《ぼう》さんみたいで、変わっていたからでもありましょうけれど。」
「その人ですよ。ほら、こないだ先生からお話があったのは。」
「はああ、あの、京都大学で哲学《てつがく》をおやりになって、今、中学校の先生をしていらっしゃるって方?」
「ええ、そうです。」
 二人はあらためて名簿を見た。名簿には、それぞれの欄《らん》に、「大河無門、二十七|歳《さい》、千葉県、小学校代用教員、中学卒」と記入してあ
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