すっているんじゃない?」
朝倉夫人が、不安な気持ちを笑顔《えがお》につつんでたずねた。次郎がむっつりしていると、今度は朝倉先生が、
「やはり悲壮感かな。それにしても、いつもとはちがいすぎるようだね。そろそろ塾生も集まるころだが、何か気になることがあるんだったら、その前にきいておこうじゃないか。」
次郎はちょっと眼をふせた。が、すぐ思いきったように、
「荒田さんは、このごろどうしていられるんですか。」
かれの心には、むろんこの場合にも道江《みちえ》のことがひっかかっていた。むしろそのほうが荒田老以上に彼《かれ》をなやましていたともいえるのだった。しかしそれは口に出していえることではなかったのである。
朝倉先生は、ちょっと眼を光らせて次郎の顔を見つめたが、すぐ笑顔になり、
「なあんだ。荒田さんのことがそんなに気になっていたのか。なるほど、あれっきり、こちらには見えないようだね。しかし、大したこともないだろう。何かあったところで、うなどん[#「うなどん」に傍点]で壮行会《そうこうかい》をしてもらったんだから、だいじょうぶだよ。はっはっはっ。」
朝倉先生は、いつになくわざとらしい高笑
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