いじゃありませんか。」
「むろん、友愛塾があるにこしたことはない。しかし、それがつぶれたからといって、何もかもおしまいになるというわけのものでもあるまい。全国には塾の修了生がもう五百名近くも散らばっているし、私は、これからは、むしろわれわれの精神をよく理解した修了生たちに事情を訴《うった》えて、各地でこれまで以上に友愛運動を展開してもらいたいと思っているんだ。」
「しかし、そういう人たちも、これからは孤立するんじゃありますまいか。」
「友愛塾の修了者だという理由で?」
「ええ。」
「まさか。……もっとも、その人たちが友愛塾の旗をふりまわすといったふうであれば、その心配もあるだろう。しかしほんとうに塾の精神がわかっているかぎり、そんなばかなまねはしないよ。結局は周囲にとけこんでいく実際の生活がものを言うさ。」
次郎は考えこんだ。考えれば考えるほど、朝倉先生が敗北主義者になったような気がして腹がたって来た。かれは、もう何もいわないで塾長室を出ようかと思った。しかし、ながい間の先生に対する信頼感《しんらいかん》がかれにそれをためらわせた。
かなりたって、かれはいくぶん皮肉な調子で言った。
「ぼくにも、先生が愛情をたいせつたいせつにされるお気持ちはよくわかります。しかし愛情の表現をどうするかということについては、問題があると思うんです。先生のように、周囲にとけこんで摩擦を起こさないようにすることに、あまり重きをおきすぎると、修了生たちだって、結局は時代に流されるよりほかないじゃありませんか。」
「ある点では、――いや形の上ではすべての点で、そうなっていくかもしれないね。しかし、時代に流されながらも愛情だけはたいせつに育てていくということを忘れない点で、ただやたらに叱咤《しった》激励《げきれい》する連中とは根本的にちがっているよ。」
「しかし、そんなことが日本の破滅《はめつ》を救うのに何の役に立ちますか。」
「少しは役にたつかもしれないし、あるいは全く役にたたないかもしれない。今の形勢では役にたたないといったほうが本当だろうね。」
「先生!」
次郎は激昂《げきこう》して、
「ぼくたちは、これまで、日本の破滅をくいとめるために戦って来たんじゃありませんか。」
「むろんそうだ。」
「そんなら、それに役だつ方何に少しでも努力したらどうです。」
「今は愛情を育てることだけが、ただ一つの道だ。愛情を失っては、そのほかのどんなことに成功しても何の役にも立たない。」
「愛情だって、日本が破滅したら、何の役にも立たないでしょう。」
「愛情はあらゆる運命をこえて生きる。それは破滅の悲劇にたえて行く力でもあり、破滅の後の再建を可能にする力でもあるんだ。人間の社会では、愛情だけがほんとうの力なんだよ。それさえあれば無からでも出発ができるし、反対に、それがなくては、あらゆる好条件がかえって破滅の原因にさえなるんだ。」
次郎はまた考えこんだ。首をたれ、顔色が青ざめ、眼が凍《こお》ったように光っていた。かれはその眼をそろそろとあげ、じっと朝倉先生を見つめながら、
「先生は、すると、日本の破滅はもう必至だとお考えですか。」
「必至? それはわからない。悪の勝利ということもあるのだからね。しかし、かりにそれで一時的に破滅をまぬがれても、むろん安心はできないだろう。悪の勝利は決して、永遠ではないんだ。」
「そういう意味では、やはり必至だとお考えですね。」
朝倉先生は沈痛《ちんつう》な眼をして、
「実は、これは田沼先生にうかがったことだが、現在の上層部の人たちで、世界の事情に少しでも明るい人なら、さっきいった悪の勝利でさえ信じているものは一人もないらしい。それにもかかわらず、現在の勢いを阻止《そし》できないというのは、いかにも残念だ。田沼先生もそれで非常に苦しんでいられる。むろんああいう方だから、最後まで努力はつづけられるだろう。しかし、青年指導について、せんだって私にもらされたご意見から察すると、やはり大勢《たいせい》はどうにもならないらしいね。」
「青年指導についての田沼先生のご意見といいますと?」
「勢いを阻止するための指導よりは、最悪の事態を迎《むか》えるための指導が今ではたいせつだ、とおっしゃるんだ。」
「つまり、先生がさっきおっしゃったように、愛情を育てるということなんですね。」
「そうだ。目あきもめくらもいっしょになって地獄《じごく》に飛びこむのが運命だとすれば、その運命をおそれてじたばたするより、その運命の中で生きて行けるたしかな道を求めるほうが賢明《けんめい》だというお考えなんだ。むろんこれは一般《いっぱん》の国民についてのお考えで、先生ご自身としては、まだ決してあきらめてはいられない。おそらく今もどこかで血の出るような努力をつづけていられるこ
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