思っていたが、そうではなかった。小関氏は、塾長室の窓から見える草っ原に、十人あまりの青年たちが円陣《えんじん》を作っているのを認め、そのほうに出かけて行ったのだった。朝倉先生がそれを知ったのは、かなりたったあと、次郎からの報告によってであった。
「あの班には、大河君がいるんです。」
次郎はそうつけ加えて、意味のふかい微笑をもらした。朝倉先生はただうなすいただけだったが、それからは、たえず窓ごしに小関氏のほうに眼をひかれていた。小関氏は、青年たちの円陣に加わるのでもなく、かといって遠くにはなれるのでもなく、あたりをうろつきまわったり、急に立ちどまったり、また、たまには腰をおろしたりして、話に耳をかたむけているかのようであった。
そうして、ともかくもながい数時間が終わって夕食の板木《ばんぎ》が鳴った。
夕食の食卓《しょくたく》は、これもやはり地域別に配列され、双方の塾生が一人おきに入りまじって座を占《し》めることになっていた。ごちそうはあたたかいさつま汁《じる》だった。食事の作法は、双方のしきたりにかなりなちがいがあったが、郷《ごう》に入っては郷に従ってもらう主旨《しゅし》で、友愛塾の簡単な日常生活の方式、つまり「いただきます」と「ごちそうさま」のあいさつだけですまし、その他は「無作法にも窮屈《きゅうくつ》にもならないように」各自に心を用いてもらうことになった。食事がすみ、食器が片づくと、それに代わって茶菓が運ばれた。友愛塾では、開塾中に先輩《せんぱい》から陣中見舞《じんちゅうみまい》と称して、しばしば各地の名産が送られて来たが、この時も、ちょうど青森のりんごが三|箱《はこ》ほど届いていたので、それもむろん食卓をかざった。その色彩《しきさい》の豊かさは、興国塾の塾生たちの眼を見張らせるのに十分であった。
準備がととのうと、進行係の次郎が言った。
「ではこれからお約束の懇親会《こんしんかい》にはいりたいと思いますが、そのまえに、もし、昼間の意見交換会で論じ足りなかった問題とか、あるいは、全員が顔をそろえたところで論議してみたい問題とかいうようなものがありましたら、ご発表を願います。これは実は興国塾の塾長先生からのご希望もありましたので、茶菓のほうはしばらくお預けにして、まずそのほうから片づけたいと思います。」
次郎は皮肉を言うつもりではなかったが、言ってしまって、変に自分の耳に皮肉にきこえ、はっとしたように、朝倉先生と小関氏のほうを見た。朝倉先生は、眼をつぶっていた。小関氏はきらりと眼を光らせたが、すぐ塾生たちを見まわしながら、
「時間はできるだけ有意義につかうがいい。茶話会は三十分もあればたくさんだろう。興国塾の諸君は、こういう時に思いきりふだんの抱負《ほうふ》を述べ、十分批判してもらうんだな。」
しかし、どこからも発言するものがなかった。室内はしんとして、ほうぼうにすえてある火鉢《ひばち》の中で、かすかに、炭火のはねる音がきこえていた。
すると、窓ぎわの卓についた大河無門が、だしぬけに言った。
「興国塾の塾長先生は、ひる間のぼくたちの話をきいていてくだすったようですが、何かそれについてご注意くださることはありませんか。」
小関氏の眼がまたぴかりと光った。氏は、その眼をいりつくように大河のほうに注ぎながら、
「それは大いにある。しかし今日は私の出る幕ではない。私の考えは帰ってから私のほうの塾生だけに話せばいいのだ。」
また沈黙がつづいた。次郎はそっと朝倉先生の顔をのぞいたが、先生はやはり眼をつぶっているきりだった。
「では、問題もなさそうですから、すぐ懇親会にうつります。」
次郎は思いきって言った。そしてさっさと予定の計画を進めていった。次郎たちの計画では、しょっぱなから、固い気分を徹底的《てっていてき》にぶちこわすことであった。
そのためには、まず第一に、朝倉先生夫妻をはじめ、友愛塾がわが総立ちになって、例の友変塾|音頭《おんど》を踊《おど》るのが、もっとも効果的だと思われた。この予想はみごとに的ちゅうした。小関氏ただ一人をのぞいては、満場笑いと拍手の渦《うず》だった。とりわけ朝倉先生と大河無門の拳闘《けんとう》でもやるようなぎこちない手ぶりが爆笑《ばくしょう》の種だった。中には朝倉夫人のしなやかな手振《てぶ》りに最初から最後までうっとりと見ほれているものもあった。
つぎは個人のかくし芸だったが、その皮切りにも、大河無門が立ちあがって例の蝉《せみ》の鳴き声をやり、大|喝采《かっさい》だった。それにこたえて、興国塾がわからも、その代表である黒田勇が出て詩吟《しぎん》をやった。満面|朱《しゅ》を注いでの熱演は大河の蝉の鳴き声とは全く対蹠的《たいしょてき》だったが、節まわしはさすがに堂に入ったもので、これも大喝
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