と、小関氏がいきりたった調子で何か言おうとした。が、それより早く、荒田老の、さびをふくんだ、恫喝《どうかつ》するような声がきこえた。
「小関さん、もう問答は無用です。」
荒田老は、そう言って、数秒の間その黒眼鏡をとおして二人のほうに眼をすえているようだったが、
「朝倉さん、あんたはせっせと小理屈《こりくつ》のいえる青年をお育てになるほうがよかろう。じゃが、言っておきますが、あんたのお育てになるような青年は、もう日本には用がありませんぞ。これからの日本に役にたつのは、理屈なしに死ねる青年だけですからな。」
それから、すぐ横につきそっていた鈴田《すずた》のほうを向いて、
「どうれ、帰ろうか。せっかく来たが、もう用はない。」
鈴田はじろりと朝倉先生を横目で見たあと、荒田老の手をひいて、自動車のほうにあるき出した。
もうその時には、双方の塾生たちは地区別にわかれてほうぼうに散っていた。あとには、朝倉先生夫妻と小関氏と次郎の四人だけが立っていたが、朝倉先生が、
「お帰りですか。」
と荒田老のあとを追うと、ほかの三人も、だまってそのあとにつづいた。
自動車の扉《とびら》がしまるまえに、朝倉先生は近づいて行って、言った。
「どうも相すみませんでした。せっかくおいでいただきましたのに。」
荒田老は、しかし、それには答えないで、
「小関さんは、塾生をほっておいて帰るわけにもいきませんな。お気の毒じゃ。」
自動車は気まずい沈黙《ちんもく》のうちに動きだした。四人はそれが門外に消えるまで見おくつていたが、その間も沈黙がつづいた。
やがて朝倉先生が小関氏を見て言った。
「ともかくも中にはいってお休みいただきましょう。ここではお茶も差しあげられませんし。」
「ええ。」
「塾生たちの様子は、あとで、集まっているところをまわってお歩きになっても、大よそわかると思いますが。」
「ええ。」
小関氏は、にがりきって、ただなま返事をするだけだった。それでも、朝倉先生が歩きだすと、しぶしぶそのあとにつづいた。朝倉夫人と次郎は、二三間はなれてそのあとを追った。二人はあるきながら、何度も顔を見あったが、口はきかなかった。
玄関をはいるころになって、小関氏が言った。
「せめて夕食後の時間でも、もっと有効に使ってもらいたいと思いますね。」
「もっと有効にとおっしゃいますと?」
朝倉先生は、靴《くつ》をスリッパにはきかえながら、小関氏の顔を見た。
「全部を娯楽会《ごらくかい》みたいなことに使うのはもったいないじゃありませんか。お任せした以上、いけないとおっしゃればそれまでのことですが、その一部分でも、全員集まっての意見交換に使ってもらいたいと思っているんです。」
「なるほど、いや、よくわかりました。そういうご希望であれば、その通りにいたさせましょう。変更《へんこう》するのは、わけはありません。」
朝倉先生は軽くこたえて、すぐその場で、次郎にそのことをつたえた。次郎はちょっと不安そうな顔をしたが、承知するよりほかなかった。
それから夕食までの時間が、四人にとってながい時間であったことはいうまでもない。とりわけ朝倉先生と小関氏にとってそうであった。二人は塾長室にはいって腰をおろしてはみたものの、どちらからもあまり口をきかなかった。朝倉先生は小関氏の「意見」を誘発《ゆうはつ》しないような適当な話題を見いだすのに困難を感じたし、小関氏は朝倉先生にすっかり見切りをつけて、もう自分の欲する話題を提供するのをいさぎよしとしなかったのである。
テーブルの上には、この塾堂にしては珍《めずら》しい、豪華《ごうか》な洋なまなどを盛《も》った菓子鉢《かしばち》がおいてあったが、それも朝倉先生が一つつまんだきりだった。小関氏は、朝倉夫人がたびたび茶を入れかえにはいって来て、そのたびごとにすすめても、見向こうともしなかったのである。
二人の沈黙は、それでも、初めの三四十分間は、さほど息苦しいものではなかった。というのは、地域別にわかれた双方の塾生たちが、塾内をくわしく見てまわるのには、少くともそのぐらいの時間が必要だったし、そしてその間は廊下《ろうか》にはたえずさわがしい人声と足音がきこえ、塾長室の戸がひらかれて、中をのぞきこまれることさえたびたびだったからである。
しかしそのさわぎが治まって、塾生たちがそれぞれ割りあてられた室に落ちついてしまうと、ちょうど、音をたててぶっつかりあっていた浮氷《ふひょう》が急に一つの氷原にかたまったような沈黙が支配した。それはごまかしのきかない沈黙だった。二人はめいめいにテーブルの上にあった新刊の雑誌にでも眼をとおすよりしかたがなかった。
そのうちに、小関氏はひょいと立ちあがって、一人で室を出た。便所にでも行ったのか、と朝倉先生は
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