《しき》をしていた青年が、そのまま先方の代表として進み出た。かれはまず大河をはじめこちらの塾生たちに厳粛《げんしゅく》な挙手《きょしゅ》注目《ちゅうもく》の礼をおくったあと、精一ぱいの声をはりあげて、
「不肖《ふしょう》黒田勇は興国塾生一同を代表して、友愛塾の諸兄に初対面のごあいさつを申し述べる光栄を有します。」
 と叫んだ。それから、およそ五六分間は、十分に暗誦《あんしょう》して来たらしい文句をつらねて、熱烈《ねつれつ》に世界の大勢を説き、日本の生命線を論じた。そして論旨《ろんし》を一転して青年の思想問題に入りかけたが、そのころからかれの言葉は次第《しだい》にみだれがちになり、またしばしばゆきづまった。ゆきづまると、かれの視線はきまって空のほうにはねあがり、血走った白眼が大きく日に光った。そんなふうで、さらに五六分の時間がどうなりすぎたが、そのうちに、いくら空をにらんでも、どうしてもあとの言葉がつづかなくなってしまった。するとかれは、ちょっと肩《かた》をすくめ、右手をあげて耳のうしろをかいた。それからにやりと笑って胸のかくしから草稿《そうこう》を引きだし、大いそぎでそれをめくった。
 そのあと、かれがふたたびもとの厳粛さと熱烈さをとりもどしたことは言うまでもない。それは、しかし、必ずしも草稿にたよれるという安心ができたからばかりではなかったらしい。というのは、かれの演説は決して単なる朗読《ろうどく》演説ではなく、一つの句切りの最初の言葉さえ見つかれば、あとの数行は草稿なしでも自然に口をついて流れ出て来たし、そのあいだに、かれはかれの予定通りの厳粛さと熱烈さとを十分に発揮《はっき》することができたからである。ただかれのために残念だったのは、かれの前にテーブルが据《す》えてなかったことであった。もしそれさえあったら、かれはもっと巧《たく》みに草稿に眼を走らせることができたであろうし、またしたがってかれの演説はいっそう雄渾《ゆうこん》であることができたかもしれなかったのである。
 かれは最後に、草稿をにぎった左手を腰のうしろにまわし、右手で力一ぱい空間をたたきつけながら言った。
「諸君、お互《たが》いの修練の場所はちがっても、等しくこれ日本の青年であります。日本の青年である以上、修錬の目的とするところは全く同一《どういつ》でなければなりません。その意味で、諸君がすでにわれわれの同志であることは、一点の疑いをいれないところであります。ただ、人により、また修錬の場所により、体得するところに深浅《しんせん》高低の差があるのは、おそらく免《まぬが》れがたいところであり、また時としては、自ら知らずして誤まった方向に進んでいる者もないとは限りません。そのことに思いをいたしますと、本日の交歓の意義はまことに深いものがあります。われわれは、この半日の交歓において、われわれの信念と体験の全部をひっさげて諸君にぶっつかるつもりでやってまいりました。諸君もまた全力をあげてわれわれの妄《もう》をひらかれんことを希望します。終わりっ。」
 かれはもう一度挙手の礼を送り、まわれ右をして、駆《か》け足《あし》で隊の右翼《うよく》に帰って行き、そこではじめて「休め」の号令をかけた。
 すると次郎がふたたび進み出て、言った。
「では、これからしばらくの間、皆さんにこの塾の施設《しせつ》を見ていただきたいと思います。それには、小人数にわかれて見ていただくほうが、説明や何かにも便利だと思いましたので、こちらは、九州班とか東北班とかいうぐあいに、地区別にわかれてご案内をすることにいたしております。皆さんのほうでも、そんなぐあいにわかれていただけば、何よりだと思います。そして一通りご覧くだすったあと、夕食までの時間を、お互いの意見交換なり研究なりに費したいと思いますが、それもやはり地区別にわかれてやったほうが、自然親しみもあり、話が具体的にもなって、将来の連絡《れんらく》提携《ていけい》のために非常にいいのではないかと考え、そういうことにプログラムを組んでおきました。ご懇談《こんだん》くださる場所は、いちおう本館の各室をそれぞれ割り当てておきましたが、天気もこんなにいいことでありますし、森蔭《もりかげ》や草っ原をご利用くださるのも一興《いっきょう》かと思います。その辺は各班のご希望によって、ご随意《ずいい》にお願いいたします。夕食は五時半に、本館の広間に集まって、ごいっしょにいただくことにしておきました。そのあと、八時のお引きあげの時刻までは、親交を主としてできるだけおもしろくすごしたいと思います。その進行係は私にお任せ願いますが、あるいは皆さんに隠《かく》し芸《げい》を出していただくようなことがあるかもしれませんから、そのご用意を願っておきます。なお、念のため申しそえて
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