ょっとこわくなるね。大河は別として、塾生たちには、すいぶん強くひびいただろう。」
「ええ――」
と、次郎はあいまいに答えたが、すぐ、
「それは、かなりひびいただろうと思います。」
「私の話も、朝倉先生の話も、すっかり嵐《あらし》に吹《ふ》きとばされた形だったが、こんなふうだと、今度の塾生は、いつもとは少し調子がちがうかもしれないね。」
「ええ、それはもう覚悟しています。」
「これからは、この塾の生活も、だんだんむずかしくなって来るだろう。しかし、いい試練だね。われわれにとってはむろんだが、塾生たちにとっても、こうした摩擦《まさつ》は決して無意味ではない。どうせ将来は、もっと大きなスケールで経なければならない試練だからね。」
次郎は眼をふせて、畳《たたみ》の一点を見つめているきりだった。
「軍人のああした話に、盲目的《もうもくてき》に引きずられるのも険呑《けんのん》だが、感情的に反発《はんぱつ》するのも険呑だ。時代はそんな反発でますます悪くなって行くだろう。あんな話を、相手にしない、――といっては語弊《ごへい》があるが、冷静に批判しながら聞くような国民がもっと多くならないと、日本は助からないよ。」
次郎はやはり眼をふせたまま、
「ぼく、さっきからそんなようなことを考えていたところなんです。」
「そうか。うむ。」
と、田沼先生は大きくうなずいたが、
「しかし、理屈《りくつ》ではわかっていても、実際問題となると、またべつだからね。せいぜい自重《じちょう》してくれたまえ。今の日本では、青年たちは、何といったって、軍からの影響《えいきょう》を最も多く受けやすいし、そう簡単にはわれわれのいうことを受け付けないだろう。そんな場合に、あんまりあせって、塾生とにらみあいのような形になっては、友愛塾も台なしだよ。」
塾生とにらみあう。――そんなことは、次郎がこれまで夢《ゆめ》にも考えたことのないことだった。しかし、幼年時代からの闘争心《とうそうしん》が、今でも折にふれて鼬《いたち》のように顔をのぞかせる自分を省《かえり》みると、今度の場合、それが全く起こり得ないことでもないような気がして胸苦しかった。
「ぼく、先生にご心配をかけないように、気をつけます。」
かれは、やっとそれだけいって、田沼先生の顔を見た。田沼先生もかれの顔をみつめて、かるくうなずいたが、その眼は、仏《ほと
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