知しないだろう、かえってそっぽをむいて笑うかも知れんね。」
「でも、それで次郎さんのお気持だけは通るんじゃないの。」
「なあんだ。」
 と、次郎は、あきれたようにしばらく道江の顔を見ていたが、
「女って、そんなものかね。」
 と、なげるように言って、ごろりと畳の上にねころんでしまった。
 次郎は、道江に対して、時おりこんなふうに失望を感ずることがある。彼は、叔父の大巻徹太郎の結婚式のおり、花嫁方の席にならんでいた道江をはじめて見た時から、何となく心をひかれ、その後大巻を中にして親戚づきあいが深まるにつれ、次第に彼女との親しみをまし、今では、淡いながらも、それが心地よい一種の匂いとなって彼の血管を流れているのであるが、彼女と何かまじめな問題について話しあったりしていると、彼は時おりそうした失望を感じ、淡い匂いが血管からすっと消えて行くような気になるのである。もっとも、そうした失望も、さほど深刻には彼の心にひびかないらしく、淡い匂いが、まもなくまた彼の血管にただよいはじめる。それは、恐らく、聰明《そうめい》ではあるが普通の女の常識の限界を一歩ものりこえない、ただすなおで、親切で、物わかりの
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