て、極端に言うと、つめたい機械のように道理に従って行く、そういう人間がひとりでも多くなることが、この狂いかけた時代を救う道だよ。むろん私は人間の感情を何もかも否定はしない。おまえたちが朝倉先生を慕《した》う気持なんか実に尊い感情だよ。道理とりっぱに道づれの出来る感情だからね。しかしその尊い感情も、それに功名心がくっつくと、すぐしみが出来る。しみぐらいですめばいいが、次第にそれが生地《きじ》みたいになってしまうから、危いんだよ。」
「お父さん、僕――」
 と、次郎はやにわに、まだ机の上にひろげたままになっていた血書をわしづかみにして、
「こんなもの出すの、もうよします。」
 彼はすぐそれをやぶきそうにした。
「まて!」
 俊亮はおさえつけるように言って、
「おまえは、今日来た友達に、血書を書くことを約束したんではないかね。」
「約束しました。」
「その約束が取消せるのか。」
 次郎は考えた。自分から言い出しておいてそれを取消すのは、自分の立場はとにかくとして、留任運動そのものに水をさすようなものであった。
「取消せまい。」
 と、俊亮は念を押すように言ったが、
「いや、取消す必要もないだ
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