んでいたわけではなかったんだ。ところが、その人たちの考えが一旦時の勢いを作ってしまうと、次第に不純な分子や、無思慮な分子がその勢いに乗っかって来る。これではならんと思っても、そうなると、もうどうにも出来ない。そして、いよいよ五・一五事件ということになったんだ。時の勢いというものは、だいたいそんなものだよ。」
「すると、僕たち、どうすればいいんです。はじめっから留任運動なんかやらない方がいいんですか。」
「それをやらなくちゃあ、お前たちの正義感が納《おさ》まるまい。」
「むろんです。」
「じゃあ、やるより仕方がないね。」
「しかし、お父さんが仰しゃるとおりですと、結局はストライキになるんでしょう。」
「それも仕方がないさ。」
次郎には、父が自分を茶化しているとしか思えなかった。彼は両腕を膝につっぱってしばらく默りこんでいたが、急にそっぽを向き、右腕で両眼をおさえると、たまりかねたようにしゃくりあげた。
「泣くことはない。」
と、俊亮はべつにあわてたようなふうもなく、
「何もかも自然の成行きだよ。学校がだめで朝倉先生だけがお前たちの希望だというのに、その朝倉先生を失うとなれは、留任運動
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