いでこの席にやって来たわけだ。どうか、そのつもりで私たちの話もきいてもらいたいし、また、君らの方でも、言いたいことがあったら、何でもかくさず言ってもらいたいと思う。」
そういう前置きをして、西山教頭の話したことは、要するに次のようなことであった。
――時代は満州事変を契機として急転回しつつある。革新のためには多少の犠牲はやむを得ない。そうした犠牲を否定する人があるが、それは古い考え方に捉われているからである。どんな人格者であろうと、古い考えに捉われて新しい時代を理解しなければ、葬られるのが当然である。
――青年は革新の原動力であり、新しい時代の創造者である。時代の動きに鈍感であっては青年の意義はない。青年は純情だといわれるが、その純情も本末を誤ると、むしろ有害である。師弟の情誼《じょうぎ》のために純情を傾けるのは美しいには美しい。しかし、それは新しい時代の創造ということにくらべると、私情でしかない。青年の純情は先ず第一に時代の創造のために傾けらるべきである。万一にも本末を転倒するものがあれば、それらの青年も時代の犠牲者となろうとを覚悟しなければならないだろう。
西山教頭は、一席
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