、馬田から道江へと、何度も視線を往復させた。そして最後に唾をごくりと飲み、自分を落ちつけるためにかなりの努力を払ったあと、わざとのように足音を立てて歩き出した。
馬田には、しかし、次郎の足音がきこえなかったらしい。彼は相変らず道江のうしろ姿を、見おくっていた。そして、もう一度帽子で股をなぐりつけたが、そのあと「ちえっ」と舌うちしながら、道を横ぎって茶店の中にはいって行った。次郎との距離は、もうその時には、わずか二三間しかなかったが、やはり首をねじって道江の姿を追っていたせいか、次郎の近づいたのにはまるで気がつかなかったらしい。
次郎は、顔を真正面にむけたまま、茶店のまえをとおった。針金で全身をしばられているような変に固い気持だった。店の中の様子はまるで見えなかったし、馬田がどのへんにいるかは、むろんわからなかった。ただ、店先に近い水桶の底に、半透明に光って沈んでいる何本かのところてん[#「ところてん」に傍点]が、かすかに彼の眼をかすめただけであった。
彼は、自分の方から馬田に言葉をかける気にはまるでなれなかったが、しかし、馬田の方から言葉をかけられることは、十分覚悟もしていたし、
前へ
次へ
全368ページ中102ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング