山教頭はひとりで何かうなずいたが、
「いや、それほど仰しゃるなら、とにかく一応配属将校にご希望をお伝えしてみましょう。しかし、お会い願えるとしても、それはあくまでも学校の一職員としてではありませんから、その点十分おふくみ願って置きます。」
 そう言って校長室を出て行ったが、間もなく、曾根少佐といっしょに何か高笑いしながらもどって来た。
 曾根少佐は室にはいるとすぐ、
「やあ、本田次郎君のお父さんですか。」
 と、いかにもわだかまりがないといった調子で、俊亮に言葉をかけた。そして、俊亮が立ちあがって挨拶をかえしているうちに、もうどさりと椅子に膝をおろし、
「いや、今度は次郎君はまことにお気の毒な事になりました。しかし見どころのある青年ですから、心機一転すると却っていい結果になるかも知れません。」
 俊亮は、しばらくの間、まじまじと少佐の顔を見まもっていたが、
「そうでしょうか。あなたも見どころがあるとお感じでしょうか。」
 少佐は、「あなたも」と言われたのに、ちょっと変な気がしたらしく、眼をぎろりとさせたが、
「ええ、たしかに見どころはありますね。あれでもう少し思慮が深いと、こんなことにもならなかったろうし、私としては、むしろ校風|刷新《さっしん》のために、片腕になって仂いてもらいたいとさえ思っていたぐらいなんですがね。」
 俊亮は微笑しながら、
「なるほど。で、見どころと申しますと?」
「非常に気が強いところです。こうと思いこむと、なかなかあとへはひかないたちですね。」
「たしかに親の目から見てもそういう点はあります。同時に、相当思慮も深いように思いますが、そうではありますまいか。」
「いや、その点はどうも。……もっとも、かなり策士《さくし》らしい面もありますから、それを思慮深いといえば格別ですが。」
「策士?」と、俊亮はちょっと意外だといった顔をしたが、すぐうなずいて、
「いや、なるほどそういう点もたしかにありましょう。しかし、このごろでは、あまり筋のとおらない策は用いないように思いますが、いかがでしょう。朝倉先生の問題でも、初めから終りまで、一|途《ず》に筋を通そうとして細かく頭を使っていたようですし、おとといお宅にお伺いしました時も、自分の信じていることの筋を通すために、つい失礼なことも申上げましたように私には思われますが。」
 曾根少佐は、それまで多寡《たか》をくくったような調子で、応対《おうたい》していたが、やっと俊亮の鋒先《ほこさき》を感じたらしく、急にいずまいを直して、口ひげをひねりあげた。校長のピラミッド型の鼻と西山教頭の三角形の眼とに、それがある波動をつたえたことはいうまでもない。
 俊亮は、しかし、三人の様子には無頓着なように、
「それで、実は、私はこんなふうに考えたいのですが、まちがっていましょうか。次郎は、思慮はあるが、策がない。もし仰しゃるとおうに策があって思慮のない人間でしたら、どんな恥ずかしいことでもして、きょうの処分をまぬがれることが出来ただろう、とそう思うのですが。」
 三人の眼は俊亮の顔に釘づけにされた。
 俊亮は微笑してそれを見くらべている。
 しばらくして、曾根少佐が、まるで相手にならん、といわぬばかりの顔をして、眼を天井に向けた。同時に西山教頭が言った。
「あなたは、そんなことを言って、処分を収消させようとでもなさるおつもりですか。」
「とんでもない。」
 と、俊亮はふき出すように笑って、
「私は、次郎にあくまでも筋を通させたいとこそ思え、自分から先に立ってそんな下品な策を弄しようとは、夢にも考えていません。お言葉を承っただけでも恥ずかしい気がいたします。」
 西山教頭は顔を真赤にして曾根少佐を見た。曾根少佐は相変らず天井を向いたまま、眼をぱちぱちさせている。
「次郎は、これまで、一所懸命で筋をとおして来ましたし、これからもとおすだろうと思います。ですから――」
 と、俊亮は曾根少佐の横顔を見ながら、
「さきほどあなたは、次郎が心機一転するのをご期待下すったようですが、それは駄目でしょう。私としても、むろんそんなことがないように希望しているのです。今の信念と心境のままで突きすすんでさえもらえば、おそらく次郎は人間としてまちがいのない道を歩くことになるだろうと思います。ただ残念なのは、仰しゃるとおり気が強すぎて、つい長上に対して失礼な口のききかたをすることです。その点は本人にも十分申しきかせましょうし、諸先生方にも重々《じゅうじゅう》おわび申上げなければならないと存じています。」
 曾根少佐の眼が、その時天井をはなれて、まともに俊亮の顔にそそがれた。
「さきほどから默って承っていますと、――」
 と、少佐はすこしそり身になりながら、
「あなたは、次郎君が筋をとおすというのでご自慢のようで
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