は、何もかもぶちこわしになるんだから。いいかね。
 新賀はひょうし抜けがして三人をふりかえった。三人もおたがいに顔を見合わせているだけである。すると校長はもう一度、「いいかね、君らを信頼してたのんでおくよ。」と、念を押し、「じゃあ、私はすぐ県庁に出かけなけりゃならんから。」と、あたふたと帽子掛の方に行って帽子をかぶった。そこで四人も默ったまま、校長のあとについて室を出て来た、というのである。
 四人の報告は、みんなをふき出させたり、憤慨させたり、不安がらせたりした。しかし、ともかくも血書が県庁に差出されるようになったということで、一応|納得《なっとく》するよりほかなかった。校長が教頭から紙片を受取ったあと、急に様子が変ったということについては、四人をはじめみんなも不審に思い、うまくペテンにかけられたのではないか、などというものがいたが、事情は間もなく判明した。それは、教員室で先生たちがひそかに話しあっていることが、給仕の口をとおして、いちいち生徒の耳にはいって来たからであった。
 それによると、血書のことは、もう昨日のうちに警察や憲兵隊の耳にも入り、県の学務課にも通報されていたらしい。今朝はさっそくそのことで学務課の方から電話がかかって来た。校長はちょうどその時四人の代表と会っている最中だったので、教頭が代ってそのことを報告すると、では一応おだやかにその血書を受取るがいい。そして校長自身それをもってすぐ県庁に出頭するように、ということだった。教頭が紙片に書いて校長に渡したのは、そのことだったにちがいない、というのである。
 校友会の委員たちは、その日じゅう、めいめいに校長の動静に注意した。休み時間になると、あるものは用もないのに校長室のまえの廊下を何度も往復し、あるものは校庭の遠いところから校長室をそれとなくのぞいて見た。しかし、校長室はいつもからっぽだった。校長は県庁に出て行ったきり、帰ったのかどうかもはっきりしなかった。
 校長室がひっそりしているのにひきかえて、教員室は何となく落ちつきがなかった。三人、五人とかたまって立ち話をしている様子が、あけ放した窓から、いつも生徒たちの眼にうつった。また四年や五年の教室に出て来る先生たちの態度にも、ふだんとかなりちがったところがあった。いつも駄じゃれをとばすのを得意にしている先生がいやにまじめだったり、これまで教科書以外
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