の上に浮いていた。稲田ははろばろとけぶり、土手の松並木はくろぐろとしずまりかえっている。
それからの話題はまったくさまざまだった。むろん、みんなが一かたまりになって話すというのではなかった。あるいは三人、あるいは五人と、それぞれにちがった話題をとらえて議論もし、冗談も言いあった。そして、彼らの複雑な感情が、あるところでは興奮に、あるところでは高笑いに、またあるところでは沈默に、彼らをさそいこむのだった。しかし、朝倉先生夫妻や俊亮が何か言い出すと、どのかたまりも、自分たちの話をやめて、その方に耳を傾けるといったふうであった。
そうした雑談の中で、かなり永い間みんなの注意をひきつけたのは、恭一の高校生活の話だった。彼はそれまで一度も発言しなかったという理由で、上級の生徒たちにわざわざその話を求められたのだった。大沢もそれにはおりおり口をはさんだ。しかし、主として話したのは恭一だった。学寮における自治生活の話がその大部分で、自主的に、いろいろの面から共同生活を建設して行く楽しみを語った。そして最後に彼はこんなことを言った。
「そりゃあ中には学生の特権だなんていって、どうかと思うようなことを主張するものもいるし、その結果、一般社会の物笑いになるようなこともあるにはあるさ。しかし、とにかく、みんなの意見を綜合して、自主的に自分たちの生活を組立てて行っている点は、何といっても高校生活の一大特長だよ。第一それでこそ人間がほんとうの意味でねられて行くんだからね。命令服従の関係だけで、形をととのえるために人間を機械化しているこのごろの謂《いわ》ゆる錬成とは比較にならんよ。もっとも最近では、高校にもそろそろ錬成の風が吹きこんできたようだ。もし高校がその風に吹きまくられるようになったら、何もかもおしまいだね。これは高校生だけの問題じゃない。高校がそうなることは将来の日本の指導層がそうなることであり、従って日本全体の問題だと僕は思うんだ。そこで、僕、いつも考えていることなんだが、僕たち高校生としては、高校生活そのものに、そんな風が吹きこむすきを作らないようにしなければならない。それには、先ず第一に、僕たち自身が、学生の特権なんていう一般社会に通用しない観念から、完全に脱却することが必要だし、第二には、識見の高い、情操のゆたかな、人間として十分尊敬に値する先生に、顧問格になってもらって、
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