ら、にらむように先生を見た。
「集まったために不幸を見る人が、君らの中から一人でも出てはならないんだ。」
朝倉先生の調子には、何か悲痛なものがあった。次郎はテーブルの一点に眼をすえて默りこんだ。その眼はしだいに乾いて来た。乾くにつれて、つめたい異様な光がその底から漂った。しばらくして、彼は、
「わかりました。」
と、庭ごしにじっと遠くの空を見たが、その口は固く食いしばっており、頬の筋肉はぴくぴくと動いていた。
「ばかばかしくても、ひかえるところはひかえていた方がいいんだよ。何しろ、当局の神経のとがりようはまるでヒステリーだからね。」
朝倉先生はなだめるように言ったが、
「しかし、こんな調子では、日本もいよいよけちくさくなるね。よほど君らにしっかりしてもらわなくちゃあ。」
次郎の食いしばった口は、いよいよ固くなるばかりだった。
「果物でも持って参りましょうね。」
さっきから心配そうに次郎の横顔をじっとのぞいていた奥さんは、気持をほぐすように立ち上って、廊下に出た。が、すぐ、
「あら、どなたかいらっしゃったようですわ。」
と、小走りに玄関の方に走って行った。
玄関からは間もなくにぎやかな話声がきこえて来た。奥さんがおどろいたように、しかし、しんからうれしそうに迎えているらしい声にまじって、二三人の男の声がきこえた。その一人はすぐ俊亮だとわかったが、ほかはちょっと判断がつかなかった。
朝倉先生と次郎は聞き耳を立てながら、眼を見あった。
「ひとりは大沢の声のようじゃないかね。」
先生が言った。すると、次郎は飛上るように立って、廊下に出た。
「ちょうど次郎さんもお見えになっていますわ。」
そう言っていそいそと歩いて来る奥さんのうしろに俊亮、そのうしろに大沢と恭一とが、おそろしく日焼けのした顔を、よごれたシャツからつき出して、つづいていた。
「おめずらしいお客さまですわ。」
奥さんは、朝倉先生にそう言って三人を部屋に案内すると、いそいで台所の方に行った。
俊亮は、座につきながら、
「私がちょうど出かけようとするところへ、恭一が大沢君をつれてだしぬけに帰って来たものですから、汗もろくろく流させないで、いっしょにお伺いしたわけなんです。」
そのあとしばらくは、みんなの間に、無量の感慨をこめた手みじかな言葉がとりかわされた。しかし、話は次第にこみ入った。大沢
前へ
次へ
全184ページ中119ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング