見つめたが、思いかえしたようにすぐ新賀の方をむいて、
「とにかく、正々堂々と恥かしくない方法でやりたいものだね。」
「そうだ、最初校長に願ってみて、いいかげんな返事しか得られなかったら、直接県庁にぶっつかるんだね。」
「校長はどうせ相手にならんよ。まるで配属将校の部下みたようなものじゃないか。」
 そう言ったのは、梅本だった、すると馬田が、
「花山校長の鼻をあかすいい機会だよ。いよいよストライキになったとき、あのちょっぴりした青い鼻がどんなかっこうになるか、それを眺めるのも、はなはだ興味があるね。」
 と、さかんに「はな」を連発して、ひとりで得意になった。
「ふざけるのはよせ!」
 新賀が今度はなぐりつけそうなけんまくでどなった。
「僕たちはストライキをやろうとしてるんではないだろう。」
 と、次郎がすぐそのあとで、表面何気ないような、しかしどこかにおさえつけるような調子をこめて言った。
「ストライキをやらないで、いったい何をやるんだ。」
 馬田は、さっきからのふざけた様子とはうって変り、まるで喧嘩腰になって次郎の方に向き直った。
「留任運動をやるさ。僕たちは僕たちの真情を訴えれば、それでいいんだ。」
 次郎はおちついて答えた。
「それが成功すると思っているのか。」
「成功させるよ。」
「知事がきめたことが、僕たちの運動ぐらいでひっくりかえるもんか。」
「全生徒が誠意をもって願えば、知事だって考えるよ。」
「ふふん。」
 馬田は鼻であざ笑った。そして、次郎なんか相手にならないといったようなふうに、ほかの生徒たちの方を見て、
「本田のようなお上品な考えかたには、僕は賛成出来ないよ。そりゃあ、一応形式的に校長や県庁に願い出るのはいいさ。しかし、どうせ成功はしないよ。成功しなかったら、それで默ってひっこむかね。」
 誰も返事をしない。留任運動をやろうという以上、誰もがそこまでは考えたことであり、馬田のような問題には、みんなが一度はぶっつかっていたことなのである。
 馬田は勝ちほこったように、
「結局はストライキだよ。ストライキまで行けば、知事も或は考えなおすかも知れん。かりにそれがだめだとしても、校長や、いやな教員を追い出すぐらいなことは、きっと出来るよ。だからはじめからストライキの覚悟をきめて、その計画をやる方が実際的だと僕は思うね。代表を出して、おとなしくお願いするこ
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