。あなたのご令息は成績はいつも一番であられるそうですし、校友会の総務もやっていられると承っていますが、あなたのような方から最初に何かご意見を出していただけば、他の方のご参考にもなると存じますが……」
課長が、しばらくして、意味ありげに平尾の父をうながした。すると、平尾の父は、
「いやあ――」
と、両手で白髪まじりの頭をうしろになで、ちょっと馬田の父の顔を見た。それから、かけていた金ぶち眼鏡をはずし、指先でしきりに眼のくぼをこすりながら、いかにも言いしぶるように、とぎれとぎれに言った。
「私のせがれは、今度の問題では生徒代表の一人に加わって、校長先生にいろいろご無理なことをお願いにあがっているようで、まことに申しわけない次弟です。しかし、本人が私に話しましたところによりますと、これは決して本人自ら進んでやっていることではないようでありまして、……率直に申上げますと、実は本人は最初から今度の事には絶対反対だったのですが、校友会の総務におされている関係上、むりやりに表面に立たされているというようなわけで、……こう申しますと、何だかいいわけがましくなりますが、私は何もそれで責任をのがれようというのではありません。本人の意志であろうとなかろうと、一旦本人が代表たることを引受けました以上、それだけの責任は取らせなければなるまいかと、それは私も覚悟いたしているのです。」
彼はそこまで言って眼をこするのをやめ、眼鏡をとりあげてそれをかけると、一わたりみんなの顔を見まわした。そして今度は急に声に力を入れて、
「ただ、私がせがれのことを申上げますのは、今度の問題がよほど巧妙に仕組まれていて、恐らくたいていの生徒は自分でも気づかないうちに、とんでもないところに引きずって行かれるのではないかと、それを心配いたすからです。元来、私のせがれは、……親の口からこんなことを申してはお耳ざわりかと存じますが、どちらかというと万事につけ思慮深い方で、今度の問題でも、先ほど申しますとおり、最初から慎重に考えて反対をとなえたのですが、どうもその反対を押しとおすわけにはいかない事情がある。と申しますのは、留任運動の急先鋒、……それは朝倉先生と何か思想的に深い関係をもっている四五名の生徒だということですが……その急先鋒の生徒たちが表向きに主張していることが至極もっともらしい主張で、誰も正面から反対の出来
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