「うむ、何だ。」
「革新のためなら暴力を用いてもいいんですか。」
「いいということはない。しかし、国家のためにやむを得ない場合もあるだろう。」
「自分でやむを得ないと思ったらそれでいいんですか。」
 西山教頭は答えにまごついた。すると曾根少佐がどなるように言った。
「ほんとうに国家のためと信ずるなら、いいにきまっている。」
 次郎は皮肉なほど落ちついて、
「学校のためだったら、どうでしょう。やはりいいんですか。」
「それもほんとうに学校のためになるなら、いいとも、少しぐらいやるがいい。」
 曾根少佐は、これまでに何度か生徒にビンタをくらわしたことがあるのである。
「じゃあ、ストライキはどうでしょう。」
 生徒たちは、はっとしたように、一せいに視線を次郎に集中した。曾根少佐は眼玉をぎょろりと光らして、
「ストライキ? それがどうしたというんだ。」
「僕はストライキは一種の脅迫だと思います。つまり形のちがった暴力です。学校革新のためなら、暴力を用いてもいいとすると、ストライキもいいんじゃありませんか。」
「ぱかなことを言うんじゃない。ストライキは多数をたのむ卑怯者のやることだ。そんなことで革新なんか絶対に出来るものではない。」
「しかし、たった一人の年老いた総理大臣に、何人もの軍人がピストルを向けるほど卑怯ではないと思います。」
「だまれ! 貴様は赤だな。それでおおかたストライキがやりたいんだろう。」
「赤じゃありません。ストライキには絶対反対です。」
「じゃあ、なぜ今のようなことを言うんだ。」
「僕は暴力を否定したいんです。朝倉先生のお考えを正しいと信じたいんです。……西山先生。――」
 と、次郎は急に西山教頭の方に向きなおり、
「先生も曾根先生と同じお考えですか。」
「むろん、そうだ。」
 そうは答えながら、西山教頭は落ちつかない顔をしている。
「じゃあ、朝倉先生がいつも僕たちに言われていることは間違いだとお考えですか。」
「私は朝倉先生が君らにどんなことを言われていたか知らない。かりに知っていても、君らのまえでほかの先生のことを批評しようとは思わないよ。」
 生徒たちの多数が言い合わしたように一度に吹き出した。次郎は、しかし、笑うどころか、まるで氷のような眼をして西山教頭をにらみながら、
「朝倉先生はいつも暴力を否定されたんです。そして、まえの大垣校長先生と同じ
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