かし、県当局ではまだ考慮中だと答えるだけで、一向要領を得なかった。
田上が、
「では、われわれも校長のお伴をして、われわれの気持を直接知事さんにお話ししたいと思いますが、どうでしょう。」
と言うと、校長は、例のとおり鼻を額の方に移動させ、――もっとも、これは梅本がよくよく観察したところによると、鼻のつけ根に急に横皺がより、鼻翼《びよく》がつり上り気味にふくらむだけのことだったが――手をやたらに横にふって答えた。
「そんな非常識なことが出来るものではない。校長と生徒がいっしょになって知事閣下におねがいするなんて、そんなばかなことをどうして思いつくんだ。第一、生徒がそんなことを考えているということが、知事閣下のお耳にはいったら、もうそれだけで何もかもぶちこわしになってしまうじゃないか。」
「じゃあ、僕たちだけで県庁に行きます。」
と、新賀がいつものぶっきらぼうな調子で言うと、どうしたわけか、今度はいやに落ついた、いくぶんあざ笑うような顔付をして答えた。
「知事閣下が君たちにお会い下さると思うのか。……まあ、ためしにお訪ねしてみるがいい。」
しかし、何よりも彼らの反感をそそったのは、彼らと校長との会見がはじまると、用もないのに、いつも西山教頭がのそのそ校長室にはいって来て、壁ぎわの長椅子に腰をおろすことだった。
西山教頭は古い型の英語の先生でevilという字をエヴィルと読んで、若い英語の先生たちに蔭では「エヴィルさん」と呼ばれているほど発音の誤りが多い。それにも拘らず、訳解の方では文法がらめでびしびし生徒をいためつけるし、万事に規則ずくめで冷酷なところがあり、生徒たちには非常にきらわれている。その先生が三角形の瞼の奥にいたちのような小さい眼玉を光らせ、会見の様子を見張っているのだから、不愉快この上なしである。
しかし西山教頭は、単にはたで見張っているというだけでなく、しばしば自分でも口をきいた。大ていは校長が返事にまごついている時だったが、たまには、校長の言葉を途中でさえぎったり、訂正したりすることもあった。それは、校長のうしろ楯となって、その立場を擁護《ようご》するためのようにも思えたが、また、あべこべに、生徒たちのまえで校長にけちをつけているようにも思えた。このことについては、校長との会見の模様をいつもあまり話したがらない平尾でさえ、報告会の時にかなり烈し
前へ
次へ
全184ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング