いわかるよ。」
次郎は、返事をしないで、そろそろと掛軸の方に眼を転じた。しかし、心はまだ額の字に未練を残しているらしかった。
「読めるかい。」
「読めません。どこから読むんです。」
「あのまん中の大きく書いたところから読むんだよ。」
佐野は立ちあがって掛軸のそばに行き、一字一字、指で文字をたどりながら読んでやった。それによると、
「いかにして まことのみちに かなはなむ ちとせのなかの ひとひなりとも」
というのであった。これには落款があり、左下の隅っこに変った形の朱印が一つ押してあった。
「意味はわかるだろう、だいたい。」
「ええ、わかります。」
恭一の感化もあって、次郎にもこの程度の和歌なら、字づらだけの意味はどうなりわからないこともなかったのである。
「良寛の歌だってさ。」
「良寛?」
「知らないかい。面白い坊さんだよ。その本箱の中にも、良寛のことを書いたのが何冊かあるんだがね。」
二人はすぐ本箱の前に立って、それをさがしはじめた。
「これがいい、これが一等面白いんだ。」
佐野が、そう言って次郎の手に渡したのは、「良寛上人」という、四六判の、あっさりした装幀の本だった
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