次郎君。」
「ええ。――」
次郎は、新賀に多少気を兼ねながら答えた。すると新賀は憤然として言った。
「卑怯だよ、君は。生徒監がそんなに怖いんか。正しいことが突きとおせないような人は、僕、大嫌いだ。」
彼は、もう立ち上って帰ろうとしていた。大沢も、それを見ると、さすがにあわてたように彼のまえに立ちふさがった。そして、
「おい、おい、そう簡単に友達を見捨てるのはいけないことだぜ。まあ坐れ。」
と、彼の肩をおさえてむりに坐らせ、
「君はずいぶん短気だな。しかし、そんな短気は必ずしも悪くない。実際、次郎君はこのごろ大人になり過ぎているんだ。少し怒りつけてやる方がいいよ。」
次郎は、新賀の態度でかなり気持が混乱していたところへ、大沢にそう言われたので、いよいよまごついた。しかし、そのまごつきも、ほんのわずかの間だった。彼は、幼いころから、相手が自分に同情する立場に立っていることが明らかであるかぎり、その相手に対しては、人一倍弱かったが、いったん相手が多少でも反対の側に立ったと見ると、もう少しも遠慮はしなかった。愛の渇《かわ》きによって自然に築き上げられて来た彼のこうした意地強さは、まだ決
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