言って下さい。」
「わけは自分でわかっているはずじゃ。」
「わかりません。」
「わからんことがあるか。先生の書き誤りに気がついていたら、なぜもっと早く言わんのじゃ。」
 先生は、単に「誤り」と言う代りに、「書き誤り」と言った。そして、力まかせに次郎の腕を引っぱった。次郎は相変らず机の足にしがみつきながら、
「僕は、たったいま気がついたんです。気がついたから、すぐそう言ったんです。」
「嘘ついても駄目じゃ。お前には、いつも、先生のあら探しをして面白がる癖がある。ほかの先生も、そう言って居られるんじゃ。」
 次郎は、そう言われると、やにわに立上って、先生に握られていた右腕をふり放した。そして一瞬、飛びかかりそうなけんまくを見せたが、そのまま、わなわなと唇をふるわせて言った。
「僕は教室を出て行くの、いやです。」
 先生は、そのすさまじい態度に、ちょっとたじろいだふうだったが、教室中の視線が自分に集まっているのに気づくと、思いきり大声でどなった。
「何じゃ、貴様は先生に反抗する気じゃな。」
「反抗します。間違った命令には従いません。」
 次郎の声も鋭かった。
 さて、事態がそこまで進むと、先
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