うだった。川幅の広いところには、鴨が群をなして浮いていたが、次郎はそれにもほとんど興味をひかれないらしかった。大沢が、
「鉄砲があるといいなあ。」
 と言うと、彼は妙に悲しい気にさえなるのだった。そして船が巖の間をすれすれに急|湍《たん》を下る時にも、叫び声一つあげず、じっと船頭の巧みな櫂《かい》のつかい方に見入り、かつて何かで読んだことのある話を思い出していた。それは、水に溺れかかったある偉大な宗教家が救助者に身を任せきって、もがきもしがみつきもしなかったという話だった。
 船が久留米に近づいて、水の流れがゆるやかになったころ、彼はこっそり恭一に向かって言った。
「無計画の計画ってこと、僕も少しわかったような気がするよ。」

    四 宝鏡先生

 筑後川上流探検旅行が次郎に与えた影響は、決して小さなものではなかった。「無計画の計画」というのは、最初大沢が半ば冗談めいて言い出したことだったが、それは、次郎にとっては、彼がこれまで子供ながら抱いて来たおぼろげな運命観や人生観に、ある拠《よ》りどころを与えることになった。彼は、それ以来、身辺のほんのちょっとした出来事にも、その奥に、何か
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