い者ではありません。今夜一晩ここに寝せてくれませんか。」
 と、いやにていねいな調子だった。
「ばかこけっ。」
 と、下の声がどなった。
「怪しいものでのうて、こんなところに寝る奴があるけい。」
「泊《と》めてくれる家がなかったもんですから。……」
「理窟はどうでもええ。とにかくおらたちと村までついてくるんじゃ。」
「そうですか、じゃあ行きましょう。」
 大沢は、いきなりどしんと土間に飛びおりた。恭一と次郎とは、思わず手を握りあって、息をはずませた。
「一人じゃねえだろう。三人とも行くんじゃよ。」
 村の人たちの声には、どこかおずおずしたところがあった。
「かわいそうですよ、今から起してつれて行くのは。ことに一人はまだ小さい一年生ですから。」
「何でもええから、つれてゆくんじゃよ。つれてゆかねえじゃ、おらたちの務めが果たせねえでな。」
 しばらく沈默がつづいた。その沈默を破って、次郎が藁の中から叫んだ。
「大沢さん、僕たちも行きますよ。」
「そうか。……じゃあ、すまんが起きてくれ。どうも仕方がなさそうだ。」
 大沢が、あきらめたように答えた。
 二人が起きて行くと、村の人たちは、めいめ
前へ 次へ
全243ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング