※[#ローマ数字1、1−13−21])

「大丈夫かい、次郎君。」
 大沢がうしろをふり向いてにっこり笑った。恭一もちらと次郎の顔をのぞいたが、その眼は寒く淋しそうだった。
 日はもう暮れかかって、崖下を流れる深い谷川の音がいやに三人の耳につき出していた。水際に沿って細長く張っている白い氷の上に落葉が点々と凍《し》みついていたが、それが次郎の眼には、さっきから、大きな蛇の背紋のように見えていたのである。
「大丈夫です。」
 次郎は、力んでそうは答えたものの、さすがに泣出したい気持だった。
「ひもじいだろう。」
 大沢は彼と肩をならべながら、またたずねた。
「ううん。」
「あかぎれが痛むんかい。」
「ううん。」
「寒かあないだろうね。」
「ううん。」
 次郎は、じっさい、寒いとは少しも感じていなかった。外套なしの制服で、下にはシャツ一枚だったが、坂道を歩くには、それでちょうどよかったのである。しかし、ひもじくないというのも、あかぎれが痛くないというのも、たしかに嘘だった。何しろ、今朝歩き出してから、弁当の握飯の外には水を飲んだだけだったし、足は足袋なしの下駄ばきだったのだから。
「もう少
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