おいてはひけをとらないさすがのその上級生を、ぐいぐいと窮地に追いこんでいったのである。
この思いきった闘争のあとで、彼が朝倉先生の「澄んだ眼」を発見し、その唇をとおして「見事に死ぬことによって見事に生きる」大慈悲の道を聴き得たことは、彼がはじめて肉親の母の愛を感じた時にも劣らないほどの大きな感激であった。
彼は、あとで、この大きな感激の原因となったものを、つぎつぎにさかのぼって考えていったが、その直接の原因が、かの卑劣な上級生であったことに気がついて、因縁の不思議さに先ず驚いた。しかも、原因は無限につらなっていた。乳兄弟のお鶴、乳母、そうして亡くなった母、とそこまで考えていって、彼は、人間相互のつながりの深さと広さとに思いいたり、ついに、ある神秘的なものにさえふれていったのである。これが彼の宗教心の芽生えでなかったと、誰が言い得よう。
この時の彼の深い感激は、彼をして「愛せられる喜び」を求むる心から「愛する喜び」を求むる心への転向を、はっきりと彼自身の心に誓わせ、さらに、その誓いによって、父と、祖母と、継母と、兄と、乳母との前で、彼の過去を懺悔せしむるまでに、彼の心を清純にし、勇
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