の悪いところをもぞもぞと直しながら、
「僕の人相では、やはり次郎君のような可憐《かれん》な感じがしないんだね。年をとっていると損だよ。こんな時には。」
 恭一が吹き出した。次郎は、これまで三晩とも、大沢が宿の交渉をはじめると、女の人がきまったように自分の方を見ながら、何かと同情するようなことを言ってくれたのを思い出し、くすぐったいような、恥ずかしいような、そして何かみじめなような気持になるのだった。
「本田だと、僕よりはいくらか可憐に見えるかもしれんが、それでも、中学も四年になると、やはり物騒視されるね。」
 と、大沢は、やっと体が藁の中に落ちついたらしく、静かになって、
「僕たちが、三晩とも無事に泊れたのは、恐らく次郎君のおかげだったんだよ。僕の交渉が成功したとばかり思っていたんだが。」
 恭一が、ふふふと笑った。
「考えてみると、やはりそれも無計画の計画だったんだ。人生って妙なもんだね。」
 大沢はしんみりした調子でそう言って、急に口をつぐんだ。
「そりゃあ、どういう意味なんだい。」
 恭一が、しばらくして、思い出したようにたずねた。
「人生を動かして行くほんとうの力は、案外僕たちの知らないところにあるっていう気がするんだよ。」
「ふうむ。しかし、そうだからって、無計画の計画ばかりでもいけないだろう。」
「そりゃあ、むろんだ。今度の旅行はべつとして、何事にも計画の必要なことは、いうまでもないさ。しかし、計画には限度があるよ。いや、人間が頭でやった計画なんてものは、もっと大きな力、自然というか、神というか、そうした大きな力の発動に、あるきっかけを与えるに過ぎないんだ。それを忘れて傲慢になっちゃあいかんと思うね。」
 恭一は藁の中でうなずいた。そして、いくらか冗談のように、
「君がそんなことを言い出すようになったのも、やはり無計画の計画の一つだろう。」
「たしかにそうだ。その意味でも次郎君に感謝していいね。」
 次郎は、二人の言っていることが、まだはっきりのみこめなかったところへ、だしぬけに自分の名前が出たので、何か変な気がしながら、
「どうしてです。」
「つまり、君の可憐さが、僕たちのこの三四日の生命をささえて来たことになっているからさ。」
 次郎は、不平を言っていいのか、喜んでいいのかわからなかった。すると恭一が言った。
「しかし、自分の可憐さを自覚したら、おし
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