女の子は急にとんきょうな声を出して、二人を見くらべていたが、最後に、次郎を尻目にかけるようにして、奥に走りこんだ。
 二人が間もなく案内されたのは、帳場からちょっと廊下をあるいた、茶の間とも座敷ともつかない部屋だった。
「いらっしゃいまし。」
 お内儀さんは、変にかしこまった調子で二人を迎えた。浴衣に伊達巻をしめたまま、畳のうえに横になっていたものらしく、朱塗の木枕だけが、部屋の隅っこに押しやってある。
「せっかくおやすみのところをお邪魔でした。」
 俊亮も、いくぶん切口上で言って、敷かれていた座蒲団の上に坐った。次郎は座蒲団を前にして坐っている。
「坊ちゃんもお敷きなさいまし、どうぞ。」
 と、お内儀さんは、いよいよ冷たい丁寧さである。次郎は、しかし座蒲団をしかなかった。
 しばらく沈默がつづいたあと、俊亮が口をきった。いかにも無造作な調子である。
「昨日は、私の留守中、申訳ないことをいたしました。今日はそのおわびに上ったんです。」
「それは、わざわざ、どうも。」
 お内儀さんは、そう言ったきり、にこりともしない。そのあと相手がどう出るか、それがわかったうえでなければ、迂濶《うかつ》に笑顔は見せられない、といった態度である。
「この子も大変後悔していまして、自分でもおわびしたいと言うものですから、いっしょにつれて来ましたようなわけで。」
「それは感心でございますね。今どきの書生さんにはお珍らしい。」
 次郎には、「書生さん」という言葉が聞きなれない言葉だった。彼は、わけもなく、それに侮辱を感じたが、あやまる機会を失ってはならない、という気もして、膝の上にのせた両手をもぞもぞ動かしながら、思いきって口をきこうとした。しかし、お内儀さんは、次郎のそんな様子には無頓着なように、ひょいとうしろ向きになって、茶棚の袋戸をあけ、中から一本の燗徳利を出して、それを畳の上に置いた。そしてあらためて俊亮の方に向きなおったが、その顔にはうす笑いが浮かんでいた。次郎の張りきった気持は、それで針を刺《さ》された風船球のようにしぼんでしまった。
「おわびしたら、どうだ。」
 俊亮が微笑をふくんだ眼で次郎を見た。次郎は、しかし、もうつめたい眼をしてお内儀を見ているだけである。すると、お内儀さんは、
「ほっほっほっ。」
 と、急にわざとらしい空っぽな笑声を立て、
「私は、こんな小っちゃな坊ち
前へ 次へ
全122ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 湖人 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング