のうちに生徒がたずねて来てくれたのは、君らがはじめてじゃ。君らがはじめての終りじゃな。」
 と、わざとらしく笑ったが、その声はうつろで淋しかった。
 次郎も新賀も、返事のしようがなくて、默って首をたれていると、先生は一人でいろんなことを喋り出した。
「わしゃ、頭がわるい。じゃが、今日校長先生が言われたように、真心はあるんじゃ。」とか、「今度行く学校は女学校じゃが、そこでは数学だけでなく、受持の組の修身もやることになっているんじゃ。」とか、くすぐったいような言葉があとからあとから出て来たが、かんじんの次郎との一件には決してふれようとしなかった。二人はあくまで神妙な顔をして聞いていた。しかし、いつまでたってもきりがない。で新賀がついにたずねた。
「先生、お手伝いはいつがいいんでしょう。」
「そうじゃな。」
 と、先生はちょっとまごついたような顔をして、答をしぶった。そして大きな指を折って日数を読んでいたが、
「試験の答案がまだ残っているんじゃ。受持の組の通信表はほかの先生がやって下さることになっているんじゃが、それでも、荷物の片づけは明後日までは出来んじゃろ。」
 二人は間もなく先生の家を辞したが、先生は二人をおくって階段をおりると、奥の方に向かって叱るように言った。
「学校の生徒がたずねて来てくれたんじゃよ。お茶も汲まんでどうしたんじゃな。」
「おや、まあ。」
 そうこたえて出て来たのは、肺病ではないかと思われるほど、顔色の悪い、やせた女だったが、わざわざ土間におりて二人を見おくった。二人は門口を出ると、むせるように蚊やりの煙の流れている町を、沈默がちに歩いた。

     *

 さて翌々日の夕方、二人はもう一度宝鏡先生を訪ねて行ったが、驚いたことには、家はもう空家になっており、閉された戸に一枚の半紙が貼りつけてあって、それには郵便物の転送先の学校名が記されていたのだった。
「どうしたんだろう。」
 二人は、その半紙を見つめて、しばらく立ちすくんだあと、すぐその足で朝倉先生をたずね、事情をきいてみた。しかし、朝倉先生も何も知らなかったらしく、二人の話で、しきりに首をかしげていたが、
「じゃあ、もう多分たたれたんだろう。学校の方には私から知らしておく。しかし、あさっては、君ら二人だけでもいいから、念のため示された時刻に駅に出てみるがいいね。」
 翌々日、二人は、言われ
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