者は彼がかなり親しんでいる子供だった。彼は、しかし、それらの顔を思い浮かべたために、一層不愉快にもならなければ、慰められもしなかった。
 彼は、そのうちに、万年筆のことを思い出して、カバンの中からそれを取り出した。そしてキャップをとって、ためつすかしつ眺めはじめた。それは吸上ポンプ式だったが、まだインキが入れてなかった。彼は町で、恭一がそれに水を入れたり出したりしたのを見ていたので、どうすればインキがはいるのかがわかっていた。彼は部屋を見まわして、久男の机の上にインキ壺を見つけると、すぐそこに行ってインキを入れた。そして、自分の机のところに持って来ると、それでお浜に出す手紙の上がきを書いた。筆や鉛筆で書くのとちがって非常に書きづらかった。ペン先に紙がひっかかって、インキが点々と散った。それでも彼は、お浜あての手紙に、兄にもらった万年筆をはじめて使ったのが心からうれしかった。そして何度も封筒をひっくりかえしては、青みがかった文字の色をながめた。
 彼はそれでいくらか気が軽くなって、階下《した》におりた。そして従兄弟たちを探すために、蝋小屋の方に行きかけた。
 すると門口から、背《せ》の馬
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