ちゃん、あけて見せろよ。」
源次が言った。次郎はすぐそれを源次の前につき出した。
源次はさっさと包の紐を解いた。中は文房具の組合わせだった。赤、黄、青、金、緑などの色が眩《まば》ゆくみんなの顔を射《い》た。
「いいなあ。」
誠吉が、心から羨ましそうに、まず言った。それから、下男や婢《おんな》たちまでがいっしょになって、「くずすのは惜しい」とか「そのまま飾物にしてもいい」とか、「これだけあったら何年もつかえるだろう」とか、口々にほめそやした。
次郎も嬉しくないことはなかった。しかし、はしゃぐ気にはなれなかった。彼は、お延と何度も視線をぶっつけあっては、顔を伏せた。そして、お芳がほとんど自分の方に注意を向けていないのを、不思議にも思い、気安くも感じた。
間もなく、座敷からお祖父さんとお祖母さんとが出て来た。お祖父さんはにこにこしながら、言った。
「次郎にはちと上等すぎたようじゃのう。」
すると源次が、
「僕のにちょうどいいや。」
それで、みんながどっと笑い出した。次郎も思わず笑った。
「次郎、誰も知らないところにしまっておかないと、みんなにとられてしまうよ。」
お祖母さんが言った。それでまたみんなが笑った。次郎の気持は、いつとはなしに少しずつほぐれて行くようだった。
寝る時刻になった。
次郎の寝床は、従兄弟たちとはべつに、座敷の次の間に、お芳のとならべて敷かれてあった。次郎はそれを知った時には、きまりが悪いような、淋しいような、変な気がしたが、何も言わずに、お芳よりさきに、ひとりで床についた。
しばらくは眼がさえて寝つかれなかった。それでも、お芳がいつ寝たのかは、ちっとも知らないで眠っていた。
翌朝は、いつもより一時間あまりも早く眼をさました。お芳は、もう起きあがって帯をしめているところだったが、次郎が眼をさましたのを知ると、例の大きなえくぼを見せながら言った。
「次郎ちゃんは、ゆうべ夢を見たんでしょう。」
「ううん。」
「でも、何度も寝言を言っていたのよ。」
次郎は何だか気がかりだった。しかし、どんな寝言だったかを問いかえしてみるだけの楽な気持には、まだなっていなかった。するとお芳が、またえくぼを見せながら、
「どんな寝言だったと思うの。」
「わかんないなあ。」
「教えてあげましょうか。」
「ええ。」
「それはね――」
とお芳は少し間をおいて、
「母さん、母さんって。――」
次郎は、はっとしてお芳を見た。お芳のえくぼは、まだ消えていなかった。しかし、次郎の眼には、そのえくぼが妙にゆがんでいるように見えた。
次郎は、いそいでふとんを頭からかぶってしまった。するとお芳が枕元によって来て、
「次郎ちゃんは、きっと亡くなったお母さんを呼んでいたのね。でも、あたしもうれしかったわ。」
次郎はふとんの中で、思わず身をちぢめた。そして、心のうちで、
「うそつけ!」
と叫んでみた。しかしそれはまるで力のない叫びだった。彼は生まれてこのかた感じたことのない妙な感じに包まれていた。それは嬉しいような、それでいて腹が立つような感じだった。
(どうして母さんと呼ばなければならないのだろう。もし叔母さんと呼んでもいいのなら、どんなにでも気安く話が出来るのに。)
彼はそんな気がしていた。そして、いつまでもふとんから顔を出そうとしなかった。
五 外科手術
「実は、ぶちまけたところ、そんなような事情なんです。……むろん、正木の方から、一応申上げたはすだと存じますが、私からじかに申上げてみたら、また、いくぶんお感じの上でちがう点もあろうかと存じまして……」
と、俊亮は、まるっこい膝を、手のひらでこすりこすり言った。
「なるほど、それでわざわざお出でくだすったとおっしゃるのか。じゃが、正木さんから伺ったところと、ちょっともちがってはいませんな。」
大巻運平老は、とぼけたようにそう答えて、顎鬚《あごひげ》をぐいとひっばった。その大きな眼玉は、天井を見ている。あまり愉快そうな表情ではない。――運平老は、お芳の父で、次郎が天狗の面に似ていると思っている人なのである。剣道に自信があり、裏の土蔵を道場代りにして、村の青年たちに、おりおり稽古をつけてやっている。鉄庵と号して画も描く。四君子のほかに、鹿の密画が得意である。
俊亮は、運平老の気持をはかりかねて、用心ぶかくその顔色をうかがった。すると運平老は、急に脊骨《せぼね》を真直にし、天井に注いでいた視線を、射るように俊亮の顔に転じて、かみつくように言った。
「あんたは、つまるところ、今度の話を取消しにおいでになったわけじゃな。」
「いや、決してそんなわけでは……」
「なるほど、あんたの口から取消そうとはおっしゃらん。じゃが、その代りに、わしに取消させようというのが、あん
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