れを竹竿でなぐったんだね。」
「はい。だけど、竹竿はあまり役に立たんかったです。」
「どうして?」
「すぐ、たぐりよせられてしまいました。」
「そうか、そいつぁ困ったろう。」
「だけど、棒を持ったのがすぐ飛出して行って、なぐったんです。」
「なるほど。砂利の連中も棒をもっていたとすると、十人がかりになるわけだね。四人に十人だと、すいぶんなぐったんだろう。」
次郎はにやりと笑って、うつむいた。
「竹竿の連中は、その時どうしていた。」
「どうしていたか、その時はもう、僕にもわかんないです。」
「で、結局、勝負はどうなったんだ。」
「勝ちました。だって、それからすぐ向こうは逃げたんです。」
「君らの方にけがをした者はなかったんだね。」
「ありません。頬っぺたが少しはれてる者はあります。」
「青年たちには、ずいぶんけがをさしたらしいね。」
次郎は首をたれて默りこんだ。権田原先生も默ってしばらく顎鬚をむしっていたが、
「いったい、竹竿とか、棒切とか、砂利とかをつかって、そんな陣立《じんだて》をしたのは誰の考えなんだ。」
「僕です。」
と、次郎ははっきり答えた。
「面白い陣立だね。戦うからには、そのくらいの智慧は出す方がいい。それは卑怯だとは言えん。」
次郎は少し得意だった。
「だが、本田――」
と、権田原先生は相変らすず顎鬚をむしりながら、
「お前は喧嘩をするのが、やはり今でもそんなに面白いのか。」
「面白くなんかありません。」
次郎は少し憤慨したような調子だった。
「じゃあ、何でそんな真似をしたんだ。」
「僕、正しいと思ったからです。」
「正しい? なるほど相手が悪いことをしたんだから、これを懲《こ》らすのは正しいともいえる。だが、お前は誰に頼まれてそれをやったんだ。」
「誰にも頼まれてなんかいません。」
次郎は昂然《こうぜん》となった。
「ふむ。……じゃあ、誰に許されてやったんだ。」
次郎は解《げ》せないといった眼付をして、じっと権田原先生の顔を見つめた。権田原先生もしばらく次郎の顔を見ていたが、
「いや、それよりも、いったい誰のためにやったんだ。」
次郎はやはり返事をしない。
「まさか、相手の青年たちのためにやったとは言うまいね。そこまでは、お前も考えていまい。」
これは次郎にとっては、全く意外の言葉だった。「相手の青年たちのために」――そんなことは彼の思いもよらないことだったのである。
権田原先生は、彼のまごついている眼を見|据《す》えながら、
「お前は多分、青年たちになぐられたお前の友だちや、その姉さんのために、仇を討ってやったつもりでいるんだろう。」
次郎は、うっかり「そうです」と答えるところだった。ところが、権田原先生は急に言葉の調子を強めて言った。
「だが、それもうそだ。お前の本心はそうじゃなかったはずだ。」
これも次郎には意外だった。今度は、あまりに当然だと思っていたことを否定されたのが、意外だったのである。
「よく考えてみるんだ。」
権田原先生はそう言って、顎鬚をむしるのをやめ、少し体を乗り出すようにして次郎を見つめた。次郎には、しかし、何を考えていいのかさっぱりわからなかった。彼は、少し腹が立つような気もし、また、何か知ら、うっかり出来ないような気もして、ただおし默っていた。すると、権田原先生がまた言った。
「考えてもわからんかね。じゃあ、先生が言ってやろう。お前はこのごろ何かむしゃくしゃしている。それで、つい、あばれてみたくなっただけなんだよ。ね、そうだろう。」
そう言った権田原先生の眼は笑っていた。次郎は、しかし、笑えなかった。彼は権田原先生の眼を気味わるくさえ感じたのである。
「ねえ本田、――」
と、権田原先生は次郎の肩に手をかけて、
「先生には、君があばれてみたくなる気持も少しはわかっている。だから、ゆうべのことで君を叱ろうとは思わん。だが、もし君がそれで正しいことをしたつもりでいたら、それは大間違いだ。正しいことというものはね、まだ、自分のことしか考えられない人間に出来ることではないんだ。」
次郎には、先生の言っていることが、はっきりのみこめなかった。しかし、「自分のことしか考えられない人間」と言われたのが、妙に彼の心にこびりついた。
そのあと、権田原先生はまた顎鬚をむしりはじめた。そして天井ばかり見て、ほとんど口をきかなかった。
そのうちに鐘が鳴った。すると、先生はのそのそと立ち上りながら、
「あとのことは先生がいいようにしておくから心配するな。お前は、いま先生が言ったことをよく考えてみるだけでいいんだ。……とにかく、自分のやったことに得意になってはいかん。尤もらしい理窟をつけて安心しているのが一番いけないんだ。それでは、心から笑うことも出来なけりゃあ、怒ることも出
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