」
恭一はうなずいた。
「ああ、あ。何というわからない子になったのだろうね。ふだんはあんなによくお祖母さんの言うことをきく子だのに、次郎といっしょになると、こうも変るものかね。」
恭一の青白い頬がぴくぴくとふるえた。何か言おうとするが、唇のところで声がとまるらしい。彼は、次第に首を深くたれた。お祖母さんは、それを自分の言ったことに対するいい反応だと思ったのか、手をのばして彼のどてらの襟を合わせてやりながら、
「さあ、早く階下《した》においで。わるいことは言わないから。いつまでもこうしていると、ほんとに風邪をひくよ。」
「僕、いやです!」
恭一は、帛《きぬ》をさくような声で、そう叫ぶと、敷蒲団の上につっぷして、はげしく息ずすりをした。
お祖母さんは、ぎくりとして、しばらくその様子に眼をすえていたが、急に自分も恭一の背中に顔を押しあてて、泣き出した。
「恭一や、お前がそれほど階下《した》におりるのが、いやなら、……もう、むりにおりておくれとは……言わないよ。……だけど、だけど、お前、さっき、なるだけお祖母さんのそばにいないようにするって、お言いだったね。……あれは、ほんとうかい。そんなにお前は、このお祖母さんが、きらいになったのかい。……ねえ、恭一や、このお祖母さんは、……何を楽しみに生きているとお思いだえ。……次郎が……次郎が……お前は、そんなにこのお祖母さんより……大切なのかい。」
「お祖母さん、……ぼ……僕、わるかったんです。あんなこといったの、わるかったんです。だけど、次郎ちゃんとも仲よく……したいんです。お祖母さんにも、次郎ちゃんを可愛がってもらいたいんです。」
恭一は、うつぶしたまま、どてらの中からむせぶように言った。
次郎は、いつのまにか敷蒲団のうえに起きあがって、二人の様子を眼を皿のようにして見つめていた。しかし、その時、彼の心を支配していたものは、怒りでも、悲しみでも、驚きでもなかった。彼は恐ろしく冷静だった。耳も眼も、これまでに経験したことのないほど、冴《さ》えきっていた。彼は、恐らく、お祖母さんが彼の方に鋒先を向けかえて、何を言い、何をしようと、そのどんな微細な点をでも、見のがしたり、聞きのがしたりはしなかったであろう。それほど彼は落ちついていたのである。
むろん、彼のこうした落ちつきは、彼が幼いころから、窮地《きゅうち》に立った場合
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