は自分の机のうえに学校道具をおくと、立ったまま、何か思案した。恭一はまだ帰っていないらしく、帽子も雑嚢も見当らなかった。
見るともなく恭一の本立を見ているうちに、次郎の眼はその中の一冊にひきつけられた。仮綴の袖珍本で、背文字に「葉隠抄」とあった。次郎はいきなりその本を引き出して、頁をめくった。
最初の頁に、学校の講堂の額になっている「四誓願」が大きな活字で印刷してあった。つぎの頁には、朝倉先生の言った「武士道ということは死ぬことと見つけたり。」という文句が見つかった。それには朱線がひいてあった。彼はそれから、つぎつぎに、朱線のひいてあるところだけを見て行った。わかりにくい文句がかなり多かったが、また、彼の今の気持にぴったりする文句もちょいちょい見つかるので、吸いつけられるように、さきへさきへと眼を通して行った。
「……人に勝つ道は知らず、我に勝つ道を知りたり。……」
「……損さえすれば相手はなきものなり。……」
「……大慈悲より出ずる智勇が真のものなり。……」
「……よきことをするとは何事ぞというに、一口にいえば苦痛をこらうることなり。……」
「……わがために悪しくとも、人のためによきようにすれば、仲悪しくなることなし。……」
「……若きうちは、随分不仕合わせなるがよし。不仕合わせなるとき、くたびるる者は役に立たざるなり。……」
そうした文句は、どれもこれも、彼自身のために書かれているような気がした。とりわけ、最後の二句は悲しいまでに彼の心に響いた。彼は読み進むのに夢中だった。
「おや、もうお勉強?」
いつの間にか、お浜がうしろに立っていた。次郎がふりむくと、お浜はぴったりと彼によりそって坐りながら、
「お試験でもありますの? 今日は土曜でしょう。」
お浜の眼は何か淋しそうだった。次郎ははっとして本を閉じた。そして、いきなりお浜の膝に両手を置いて言った。
「僕、きょう、乳母やのおかげで、先生にこの本の話をきいたもんだから、ちょっと読んでいたんだよ。」
「乳母やのおかげですって?」
「うん、そうだよ。乳母やのおかげだよ。」
「坊ちゃんてば。……ほほほほ。」
「ほんとうだい。ほんとうに乳母やのおかげさ。嘘なもんか。」
次郎は怒っていると思われるまでに、真剣だった。
「そう? じゃあ、そのわけ聞かしてちょうだい。」
お浜は、まだ信じられない、といった顔をして
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