息をして、白楊の高い梢を見あげた。
 真っ青な空には、一ひらの白い雲がしずかに浮いていた。

    一八 転機

 大巻のお祖父さんの仕込みもあって、入学の当初から次郎は剣道に熱心だったが、その日はとりわけ懸命に稽古を励んだ。彼の心構えには、何か知らいつもとちがったところがあり、打っても打たれても気分は爽やかに落ちついていた。ふだんだと、打たれていきり立つとか、勝ちほこって相手をからかってみるとか、いうようなことがないでもなかったが、その日は、ふしぎに、そんな気には少しもなれなかった。
 稽古を終えて、校門を出ると、すぐ前の昔の城址に、こんもりともりあがっている樟の青葉がしずかな輝きを彼の眼に送った。彼は、何かこう、胸の中がすきとおるような気持だった。道場で流した汗は、まだ流れつづけていたが、暑い日ざしもさして苦にはならなかった。
 彼は朝倉先生のことを思いながら、歩いた。先生の一つ一つの言葉よりも、先生の人がらからうけた感じが、彼の心を強くとらえていた。
 歩いて行くうちに、彼の連想は、つぎつぎに時間を逆に進んで行った。白楊の蔭、銃器庫の裏、三つボタン、赤い日傘、そしてお浜との柵をへだてての対話、そこまで行くと、彼の足どりはやにわに早くなった。
 彼は、しかしそれからまだ一丁とは行かないうちに、ふと、何かにぶっつかったように立ちどまった。そして、すぐまた歩き出したが、その一歩一歩は何かにひっかかってでもいるかのようにのろかった。彼は、これまで彼の心にかつて浮かんだことのない、ある妙な考えに捉われはじめていたのである。
(自分がきょう朝倉先生を知ることが出来たのは、室崎のおかげだ。朝倉先生は彼を無慈悲だと言ったが、その無慈悲な彼が、自分をあのりっぱな先生に結びつけてくれたのだ。)
 これは次郎にとって、たしかに大きな驚きの種であった。が、彼の驚きは、ただそれだけではなかった。
 彼はまた考えた。
(室崎が自分に無法な言いがかりをしたのは、お鶴のためだった。そして、お鶴をつれて学校のそばを通ったのはお浜だった。お浜はなぜ学校のそばを通る気になったのか。それは自分の乳母やだったからだ。そうしてみると、自分を今日朝倉先生に結びつけてくれたのは、ほんとうは乳母やだったということになる。)
 彼はそこまで考えて、世の中というものは実に不思議なものだと思った。「めぐり合わせ」
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