とが出来ない、ということが、もし二人の場合にもあてはまるならば、二人は、何という呪《のろ》われた星の下に生まれあわせたものだったろう。
 時計は容赦《ようしゃ》なく三分、五分と進んで、もう十一時を過ぎてしまった。お祖母さんはやはり動かない。次郎は何かをその頭になげつけてやりたいような衝動《しょうどう》を感じた。また、三四年まえに、お祖母さんが自分にかくしてしまいこんでいた羊羹の折箱を、そっと盗み出して、裏の畑で存分にふみつけてやったことを思い出し、何か武者振《むしゃぶるい》いのようなものを全身に感じた。彼は、しかし、さすがに、もうそうした乱暴なまねをするまでに、自分を忘れることが出来なかった。それに、彼のまえには、お祖母さんのほかに恭一がいた。そのつっ伏している姿は、お祖母さんのそれとはまるでべつな意味をもって、彼の眼にうつった。それは、彼の目には神聖なもののようにさえ思えて来たのである。
 彼はいきなり立ちあがって便所に行った。そして帰って来ると、すぐふとんを頭からかぶって、ねた。電燈はつけたままだったし、お祖母さんの姿勢《しせい》は、便所に立つまえとはいくぶんちがっていたが、やはり二人ともつっ伏したままだった。
 彼は、むろん眠れなかった。枕時計の音がいやに耳につく。何度も、もぞもぞとふとんのなかで動いては、大きなため息をつき、そのたびに、そっと二人の様子をのぞいたり、枕時計を見たりした。
 十一時を三十分以上も過ぎたと思うころ、お祖母さんがやっと起きあがって、恭一にふとんを着せてやる気配がした。
「そんなにまるまっていないで、足をおのばしよ。」
 お祖母さんの声は、もうふるえてはいない。やがて電燈のスイッチをひねる音がした。暗くなったのが、ふとんをかぶっていても、よくわかる。
 が、またすぐぱっと明るくなった。そして枕元に足音が近づいたかと思うと、次郎のふとんの襟がすうっとあがった。お祖母さんが次郎の顔をのぞきこんだのである。
 次郎は眼をはっきり開き、上眼づかいでお祖母さんを見た。
「そんな根性で、中学校にはいったって、何の役に立つんだね。」
 お祖母さんは、毒々しく言って、ふとんの襟をばたりと次郎の顔に落した。次郎はしかし、身じろがなかった。
 やがてまた電燈が消えて、お祖母さんの階下におりて行く足音がした。
「次郎ちゃん、すまなかったね。早く寝よう。」

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